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「はい、受けとりました。生田くんいつから部活参加するの?」

「明日からって原瀬さんに伝えてます」

「そう」と俺の入部届をデスクの上に置いて少し疲れた様子の先生が俺を見上げた。
みんなから『響子ちゃん』と呼ばれているその先生は、去年古文を教えてくれていた先生であり、そして綴先輩の担任、それから、俺が入部した『演劇部』の顧問である。

放課後の職員室では、若干疲れ気味の先生たちが仕事をしているがひときわ響子ちゃんは疲れている様子だった。

「先生、なんか疲れてます?」

「あら、そんなことないわよ」

「やっぱ教師って大変なんすか」

綴先輩がなりたいというその夢。やりがいはありそうだけど、俺には到底無理だ。そもそも人様に勉強を教えられるほどの頭がない。そしてぶっ飛んだ心配事がもう一つ。

綴先輩は、あれだけ魅力的な人だから生徒やら保護者やら同僚にまで確実にモテにモテまくるだろう。それだけは阻止せねば。

「大変なのは大変だけどやりがいはあるわよ。なに、教師になりたいの?生田くん」

「いえ全く」

「あら残念」

全く残念そうではない響子ちゃん。そしてしばらくしてまた不安げな顔をする。

「これから生徒の三者面談なのよ」

「へえ、保護者来るからそんなに暗いんすね。受験生の担任とかやばそうですもんね」

「まあ、他の生徒さんはなんとかなりそうなんだけど、今日は1番の難関なの」

難関。大学が、だろうか。いや、違うか。
あ、まさか。

「綴先輩っすか?」

「え」

響子ちゃんの顔が「なんで分かったんだ」という表情になる。やっほーい当たりだあ!なんて喜んでいる余裕はない。だって綴先輩の問題は俺の問題である、なんておこがましいか。

「父親、教育学部行くの反対してるんすよね」

「なっ、なんで、綴くんあなたにそんな話するの?私でも聞き出すのにめちゃくちゃ時間かかったのに」

まあ、俺と綴先輩の仲なんで。などと綴先輩の担任相手にマウントをとるのも甚だおかしい話であるが、少し得意げな顔にはなってしまう。

「少しは理解のあるお父様ではあるらしいんだけどね、はあ…」

「後継問題とか、金持ちの事情とか大変そうっすよね」

「ね、って、なんで私は生徒とこんな話を!もう行くわね!じゃ明日から部活頑張ってね!生田くん」

デスクの上の資料をかき集めて立ち上がった響子ちゃんが慌てたように早口で言葉を並べて職員室を出ていく。
俺はそれを見送りながら小さく息を吐いた。そっか、だから今日は綴先輩、一緒に帰れないって。
俺は響子ちゃんのデスクに置かれている入部届を見つめる。
俺は、綴先輩に背中を押してもらったけれど、俺、綴先輩に何かできただろうか。そんな思いがよぎった。