「先に外に出ていて」と指示を受けて玄関先でぽけっと綴先輩が出てくるのを待っていた。
しばらくして扉があくと、綴先輩が1人で出てくる。
「兄貴は?」
「勝手に帰れって、俺が一緒に送る必要あんのかって怒ってた」
「なんだよそれ」
小さく笑って歩き始めると綴先輩も横に並んで歩きはじめる。
綴先輩の片手を見つめた。手、繋ぎたいとか迷惑かな。
「すみませんでした、兄貴といると騒がしくて」
「…一星といると色んな感情になれて嬉しい」
「そうですか?」
「本当はちょっと嫉妬してた」
「嫉妬?」
「一星の周りには色んな人がいて、本音をぶつけ合える兄弟とか友達とかたくさんいるし、俺にはないものをたくさん持ってる」
いつしか原瀬さんが言っていた。綴先輩だって普通の人間で俺たちと同じような感情を抱いて悩んで生きている、と。
分かっていたつもりだったのに、俺は分かっていなかった。そっか、綴先輩も人に羨ましいとかそういう感情をもつんだよな、サイボーグでも朴念仁でもない、綴秋斗という人間だし。
俺は、そっと綴先輩の手を握った。
「一星?」
「俺だって嫉妬しますよ、綴先輩は夢を叶えるために努力してて人に媚をうって好かれようとしない、自分をもっててかっこいいし、優しいし、意外とむっつりだし」
「…最後貶してない?」
「ははっ、つまり、好きってことです」
絡めとった手を俺はゆらゆらと揺らした。
伝わってんのかな、ちゃんと。
「俺も、一星のこと好き」
「知ってます」
「一星が思ってるよりずっと好きだから」
あのレモンパイみたいだと思った。酸っぱいけどこれでもかというほど甘くて、きっとこれからも忘れられないんだろうな。
緩む頬を俺はきゅっと力を入れてなさけない顔にならないように堪えた。
俺が思っているより好き?俺はきっとその何倍も綴先輩のことが好きだ。自信がある。
心地いい静かな空間が俺たちを包んで、しばらくして綴先輩が小さく口を開いた。
「本当は、生田にさっき釘を刺された」
「え?」
「ああ見えて一星は繊細だから、注意してくれって」
「…何言ってんだよ、あのクソ兄貴」
「そうやって生意気な言葉でよく弱さを隠すことがあるって」
「っ」
「いい兄貴だな、一星」
そう言われ俺は口を尖らせながら肯定も否定もしなかった。うざくて能天気でムカつく兄貴だけど、たった1人の兄弟。きっとこれからもたくさん喧嘩だってするだろうけど、だけど、今度一緒にゲームでもやろうと思う。
そんなことを思いながらいつもよりゆっくりと歩いていたのに、ずっと続いてほしい時間に限って一瞬で終わってしまう。
「一星」
駅に着いても、俺は手を離そうとしなかった。どうせ明日も会えるのに、なんだか寂しい。
綴先輩が幾分か前に歩いたが、俺が手を離さず足を止めたせいで少し困ったように笑っていた。俺の方に向き直ってまた「一星」と名を呼ぶ。
「俺、こういう時間苦手なんですよ」
こういうのをわがままと言うんだろう。分かっていたが止まらなかった。
「ドラマとか本とか映画でもそうだろ、何にでも終わりがあって永遠なんてないのかもって」
俺たちにだっていつか終わりがって。ずっとなんてないんじゃないかと不安になる。
「小さくてなんてことない『別れ』でも、永遠なんてないって気づかされるから嫌いです」
地面に視線を落とす。俺、何言っているんだ、こんなこと言ったって綴先輩を困らせるに決まっているのに。
「それに俺たち、男同士だし、これから先壁がたくさん…」
繋いでいた手が引き寄せられる。気づけば綴先輩に抱きしめられていた。
「ちょっ、ここ駅!」
「…いいよ別に」
耳元で綴先輩の声が聞こえる。だけどそれは困った声色ではなくむしろ少し弾むような声だった。
「綴先輩、なんか、嬉しそう…」
「そりゃあ、まあ」
「なんで」
ぎゅっとまわされた腕に力が入る。苦しいのに、離れたくない。
「だって『永遠』を意識して苦しくなるくらい、俺のこと好きなんだって思って」
「なっ」
なんだよ、それ。まあそうなんだけど。なんだか悔しいような照れくさいような気持ちになって綴先輩の裾をきゅっと掴む。
「綴先輩のバーカ」
「ははっ、うるさい生意気一星」



