しばらくそのまま、綴先輩の長いまつ毛やすっと通った鼻筋や、耳や、首、全てを瞳にうつす。俺、この人の恋人なんだな、と不思議な気分になった。
「一星」
「はい」
「勉強」
綴先輩が俺の視線に気づいたのか顔を上げないままそう言う。溶け始めた氷のカランっという音が響く。
「綴先輩って、本当に医者になるんですか」
「なんだよ急に」
「そんなに勉強好きならそうなのかなって」
綴先輩の動かしている手が止まる。そして、綴先輩はゆっくりとノートの上にシャーペンを置いて顔をあげた。
そしてその瞳がやっと俺を映した。
「医者にはならない」
「…え?」
「…他にやりたいことあるから」
そう言った綴先輩。知りたすぎて、俺は綴先輩の隣に動く。両手を床についてぐいっと綴先輩の方に前のめりになった。
「やりたいことって?」
「……」
「教えてくださいよ、揶揄いませんから」
綴先輩は、少し迷ったように瞳を泳がせて小さく息を吐く。そして俺の方に体を向けた。
「教師に、なりたい」
綴先輩が教師。綴先輩が教壇に立って教えている姿を脳内ですごい速さで再生された俺の妄想力すごい。
そして何より俺に教えてくれたということが嬉しい。
「どういう顔だよ、一星」
「いや、なんか、嬉しさが」
自分の頬を両手で軽く叩く。そしてにっと笑った。
「綴先輩、勉強の教え方神並みっすもんね」
「…からかってんだろ」
「本心ですよ」
床に置いた手を少しずつ綴先輩の手に寄せる。
つんっと指先が触れた。
こうやって触れるのも、今は誰にも見られないからちょっとくらいなら許してくれる、きっと。
「じゃあ、大学は教育学部ですか?」
「ああ、父さんは完全に許してくれてるわけじゃないけど」
「医者、継がせたいとか?」
「…まあ、小さい頃から言われてたから」
「金持ちも大変なんですね」
「どこも一緒だろ、子どもなんてだいたい親の言うことはきかない」
「ははっ、確かに」
少しずつ、少しずつ触れていく指先が絡めとるように繋がっていく。
「一星は」
「え?」
「なんかやりたいこと、ないの」
言葉が詰まる。ある、やりたいこと。でも、言えない、恥ずかしいし。綴先輩の努力をみているから、なんだか自分が大きな夢を持ってしまったことに少しの劣等感を感じる。
「あの子には言えて、俺には言えない?」
下にむけていた顔を上げる。すぐそばにあるその端正な顔から少しの怒りを感じる。
俺はその意味をすぐには理解できずに首を傾げた。
「あの子?」
「原瀬さん、だっけ」
綴先輩の口から『原瀬さん』が出るとは。原瀬さんに教えたら「認知されてんのかよー!」とまたすごい勢いでどつかれそうだ。



