「本当にすみませんでした」
「別に、シャワーありがとう」
濡れている髪をタオルで拭きながら俺の謝罪にそう言った綴先輩。兄貴の服を借りているその姿は兄貴だとクソダサいと思うのに綴先輩が着るとパーカーの中央に描かれているアヒルもおしゃれに見える。
不思議だ、着る人がかっこいいと服までもかっこいいとは。アヒル、お前兄貴に似てアホヅラだと思ったけど案外イケてんだな。
「綴、晩飯食べていけよ、一星が作ってるから」
「悪いから、いい」
まあなんとなく断られるだろうなと思っていた。だがこのまま帰すのもなんだかバチがあたりそうでこわい。下手したらこの端正な顔に熱湯を浴びせるところだったわけで、俺たち兄弟は学校中の女子から暗殺されるかもしれなかったわけだ。
同じことを考えているのか兄貴の視線を感じる。俺は小さく頷いた。
「もう作っちゃってるんで、食べてくださいよ。たいしたもんじゃないっすけど」
両親は共働きで今日は遅くまで帰ってこない。こういう日はだいたい俺がごはんを作っている。
2人分だろうが3人分だろうが正直変わらない。
綴先輩はまっすぐ俺の方を見たあとこくんと頷いた。
「…ありがとう」
小さな声だったがちゃんと聞こえたその言葉。
この人はイケメンでポーカーフェイスで面白みのない人ってだけで、おそらく悪い人ではない。
普通だったら激昂している状態であってもおかしくないのにラーメンをぶっかけられようが、変なパーカーを着せられてなぜか飯まで食うはめになっている綴先輩は至って冷静だ。
ここまでくると、本当に悪いとは思っているが、なんだかもう少し綴先輩のことを知りたくなってきた。
俺は出来立てのオムライスを3人分テーブルに並べる。
綴先輩の前に置いたやつはケチャップで『ごめんなさい』と書いておいた。
どんな反応をするだろうかとじっと見つめていると綴先輩はそれをしばらく視界に入れたあと、椅子に座ってスプーンを手に取る。
「…いただきます」
何も反応ないんかい。
「おい一星、何で俺の前にあるやつは『アホ』って書かれたんだよ、これお前のだろう」
「どう考えても兄貴のだろ」
「クソ生意気一星め。何でお前のやつはケチャップ普通にかけてんだよ、『生意気』って書け生意気くそ野郎」
「もうまじうるさいこいつ、綴先輩どうにかして」
「…」
静かにこちらを向いた綴先輩。口の中に入れたオムライスを咀嚼して飲み込むまで数秒、そこには静かな空間が流れた。
綴先輩の腹のあたりで描かれているアヒルもこちらを見ておりその真っ黒い瞳と目が合った。なんだこの時間。
そしてやっと綴先輩はゆっくりと口を開いた。
「…仲良いんだな」
「兄貴、この人やっぱやばい人だわ」
「バカ、お前先輩になんてこと言ってんだ」
頭を軽くはたかれる。今までの流れで何がどうしたら『仲良く』みえるんだ。
俺は軽く兄貴と綴先輩を睨んでから綴先輩の正面の椅子に座った。
ごく普通のオムライスの前で手を合わせる。
いつもなら何も言わずにかっくらっているところだが、今日は何だか綴先輩の前なので小さな声で「いただきます」と言ってみる。
スプーンに一口掬って口の中にいれる。
そして黙々と食べている綴先輩を再び視界に入れた。



