生意気でごめん、先輩



ほんの少しだけ綴先輩の眉がぴくりと動く。
綴先輩の唇が小さく動いた。だがその瞬間

「お前ら何やってんの」

そんな声が聞こえる。どうやらなかなか戻ってこない綴先輩が気になって勉強にのりにのっていた兄貴が部屋から出てきたようだ。
せっかく綴先輩が俺の挑発に何か答えようとしていたのに邪魔しやがってクソ兄貴が。

「別にただの世間話だよ」

俺がそう答えると、兄貴は興味なさそうに「ふうん」と答える。そしてテーブルの上に置いてあるカップラーメンを視界にいれた。

「あ!それ俺のカップラーメン!!」

げっと顔を歪める。俺はすぐさまカップラーメンを手に持った。いざとなれば自分の部屋に逃げ込んで食べようという魂胆だ。
それを察してか兄貴がものすごい形相でこちらに寄ってきた。そして俺の手に持っているそれを奪い取ろうとする。

「一星!お前人のラーメン勝手に食べてんじゃねえよ!」

「うるせえ!ここにあるもんは名前が書いてない限り早いもん勝ちだ!」

「屁理屈言うな、返せ!俺のカップラーメン!」

「俺のだ!絶対俺が食う!」

「殺す!」

「やれるもんならやってみろ!クソ兄貴!」

追いかけてくる兄貴から俺は必死に逃げた。高2と高3のしようもない喧嘩だが俺たちにとっては大戦争である。俺たちの様子をあいも変わらず無表情で目追っている綴先輩。
おそらく内心は呆れているだろう。というか早く帰りたいって考えてそう。

「ふざけんな!」

後ろから兄貴のそんな声が聞こえたとともに服の裾をめいっぱい引っ張られた。
それにより体のバランスが崩れる。地面に落ちる身と正反対に宙に舞ったカップラーメン。

あ、やばい。そう思った時にカップから飛び出した麺やら汁やら全て正面にいた綴先輩にぶつかっていく。

俺は見事に床にずりこけ痛さを感じるより先に顔を上げて綴先輩をみた。

頭から麺がたらりと垂れる。それを指先で摘んだ綴先輩。

「きたね…」

小さな声でそう言った。

「熱さ感じないってことは、やっぱりロボット…」

「言ってる場合かバカ一星!はよタオルと冷やすもんもってこい!」

兄貴から頭をはたかれ、俺は慌てて立ち上がり駆け出した。そしてタオルと冷凍庫から保冷剤を手に取り綴先輩の方へ駆け寄る。

「すみません、大丈夫ですか」

差し出したタオルを綴先輩は静かに受け取って頭や顔を拭い出した。熱湯を顔面から被ったはずなのになぜこうも冷静なんだと。

綴先輩の白い肌も赤くなっていない。どういうことだ?と首を傾げているとタオルから顔を離した綴先輩が俺の方をみる。

「俺はロボットじゃない」

「え?」

「ポットのお湯、たぶんあったまってない状態で入れただろ、だからそんなに熱くない」

そう言った綴先輩。隣で安心したように兄貴がため息をつく。

「ほんとごめんな、このバカ弟のせいで」

「いや兄貴のせいだろ」

「お前が俺のラーメンを食べようとしたのが悪い」

「そこに置いてた兄貴が悪い」

「今日の夜食にするために置いてたんだよ」

「夜食食うほど夜更かししてねえだろ」

「お前と違って勉強してんだよこっちは」

「俺だって勉強してるわ!」

「保健体育のだろ!死ね!」

「お前が死ね!」

お互いが掴み掛かる。殴り合いでも始まろうかという時だった、「ふっ」と短く息がもれる声が聞こえる。
俺は兄貴の胸ぐらを掴んだまま綴先輩の方を見た。
手の甲で口元を隠している。

まさか。

「笑いました?いま」

「…いや」

「絶対笑った、なんすか笑えるんすか!すげえ!笑い顔見せてくださいよ」

兄貴から手を離して俺は綴先輩に顔を近づける。綴先輩はすでに無表情に戻っていた。そして小さく首を横にふる。畜生絶対笑ったはずなのに見逃した。
ますますバカ兄貴を恨んだ。