「なんであそこにいるのが分かったのか、とか気にならないんすか」
「…生田だろ、さっき図書館で会った」
「まあ、そうですけど」
軽く口を尖らせた一星。兄に俺がここにいるのを聞いて、会いに来たのだろうと自惚れてた考えはおそらく正解だった。
部屋着のまま飛び出してきたのか半袖のTシャツの真ん中には柴犬の簡易なイラストが描かれている。
なんだか、一星に少し似ていると思った。言ったら文句を垂れるだろうから言わない。
「だいたい、朴念仁のくせによくも分からない人に勉強教えるとか変なことするから勘違いするんすよ」
「…気をつける」
「そっ、そういう返し方されると俺が束縛激しいみたいになるじゃないっすか、いやなんかそれも違うな、つまり、何が言いたいかと言うと」
捲し立てるようにそう言ってむすっとした顔のまま、小さく口を開けてうつむき加減に言葉を紡いだ一星。
「綴先輩は、中途半端に優しい」
「中途半端…」
「だってそうじゃん、俺にだって勉強教えてくれて、遊んでくれるし、花火の日だって」
ーーー花火の日だって。自分の脳裏にもあの日の夜のことがよぎる。
一星も同じなのか顔がみるみる赤く染まっていく。
中途半端、的を得ていると思う。俺はいつもそうだ。
確固たる意思や、欲しいものはあるはずなのに、曝け出すことを恐れる。
だから、いつも憎まれ口だろうがなんだろうがすぐに言葉に出して動き出せる一星が羨ましい。
「俺、綴先輩のこと、何も知らないんすよ」
「…」
「綴先輩の気持ちとか、考えてることとか、感情とか、分かってきてるつもりではいますけど、それでも知らないことが多いすぎる」
一星が足を止めた。駅の出入り口から流れ込む冷気が自分を包み込んでいく。
だけど、握られている手から伝わってくる熱とその真っ直ぐな瞳で俺はどうしたらいいのか分からなくなった。こんな感情は初めてだった。
知ってほしい、知らなくていい、俺はそんなにできた人間じゃない。完璧じゃない自分をみせてしまえば、離れていってしまうんじゃないか。
葛藤が渦巻いていく。
「でも、綴先輩はそう簡単には自分の弱さとか出さないだろうからもういいです」
もういいです?それは困る、とあいた距離を縮めるように一歩近づけば一星は不敵に笑ってみせた。
「俺、綴先輩のポーカーフェイスをちゃんとくずせたら告白することにします」
「え」
「そういうことなんで、しばらく手つなぐとかキスとかそういうのなしで」
するりと手の熱が離れた。少し追いかけるように離れていく一星の手に近づくが、一星はそれを拒否するように手を上げて「じゃっ」と軽い口調でそういうと俺に背中を向けた。



