冷静に放った俺の言葉に一星は小さく舌を出した。
サイコパス朴念仁なんて初めて言われた。
一星は生意気な言葉になると饒舌になる。俺を試すように、時には心の奥底に潜む本心を誤魔化すように。
「私は綴さんをアクセサリーなんて思ってません!」
「思ってんだろ、隣において『イケメン彼氏』として周りに自慢できればそれでいい。自分の価値がそれだけであがるって考えてんの丸わかり」
「なっ!あなたに何が分かるんですか!」
一星にくってかかった女子。一星何とも言えない顔で「うるせえ」と低い声を出した。
そして俺の手首を掴む。
「行こう、先輩」
怒りがこもった声でそう言って俺の体を引っ張った一星。抵抗なんてしない、だってする理由もないし。
「綴さん!」
焦るような、泣き叫ぶような声で名を呼ばれる。どうでもいいと思ったのに感情丸出しのその声をきいて俺は足を止めた。
一星が「綴先輩」と急かすように俺の身を引っ張る。
「一星、待って」
「なんでだよ、あんな女放っておけばいいじゃん」
「あのままじゃさすがに」
「かわいそうって?へえ、優しいんすね」
「一星、」
「いいよ、戻れば」
ぱっと手が離される。俺は一星が帰ってしまわないように「ちゃんと待ってろ」と言葉を放ち、踵を返して両手で顔を覆っている女子の前に立った。
正直、どうするのが正解かなんて分からない。人と関わるとどこまで知ることを強要されるのか計り知れないから苦手なんだ。
だけど、そうも言ってられない。
「あのさ」
「うっ、つづり、さん」
思わず目を逸らした。なんだか自分がものすごく酷い人間に思えてくる。
あの時、声をかけるべきじゃなかった。だが、人に勉強を教えて、理解をしてくれた時の表情と次に進むやる気を見た時の妙な達成感が好きだった。
彼女も、俺のエゴに付き合わせてしまっただけなのかもしれない。
「俺、君とは付き合えない。好きな人、いるから」
「…っ、そんなこと、言いに戻ってこなくてもいいです」
「周りがって言ってるけど、まだ高校生活始まって数ヶ月だろ、価値とかそういうの考える前に何か必死こいてやってみたら」
「…何を、すればいいか分からない」
「自分で考えて。ただ目の前のこと必死こいてやってたら、見つかるから」
「何が」
「…大事な人、とか」
何でこんなこと言っているんだ、自分は。気持ち悪い。人に説教垂れるほどの人間じゃないくせに。
俺は足早にその子に背中を向けて一星のところに戻った。
よかった、ちゃんと待っている。
「綴先輩」
「…帰ろう」
次は俺が一星の手を掴んだ。一星のせいだ。最近、少しだけ世界が綺麗に見えはじめた。
意地っ張りなくせに繊細で、気持ちが溢れ出そうになるのを必死にこらえている。それを隠すようにか、ただ単に俺の反応を楽しんでいるのか、おそらく半々ほどの生意気な言葉。たぶん、ただの先輩後輩じゃない。
暑いくせに、その手は離さなかった。
「綴先輩」
「なに」
「俺、綴先輩のファンに遭遇したら射殺されますよね」
一星の方を静かに見ると、一星は戸惑ったように「だって」と繋がれている手を少し持ち上げた。
「これ」
「…されないだろ」
「いやいや、さっきの女忘れたんすか。ああいういかれた女ばっかっすからね。その綺麗な顔で何人の頭のねじ飛ばしてると思ってるんすか」
「よく喋るな」
「うっざ」
そう言って子供みたいに繋がれている手を軽く振る一星。かわいいだなんて、口が裂けても言えない。
「めっちゃ泣いてましたね、あの子」
「ああ」
「なんて振ったんですか」
ーーー「好きな人、いるから」
「…適当に」
「最低だ、このサイコパス朴念仁め」
「それやめてくんない」
「本当のことだろ!だって、あれから!」
ふと、一星の言葉が止まる。足も止まる。
俺は幾分か後ろで顔を少し赤くした一星を視界に入れた。
「あれから?」
続きを問えば、言いづらそうに言葉を詰まらせて瞳を泳がす。
「なんでもないです」
「…なんでもなくないだろ」
「うるさい、綴先輩のアホ」
そう言って歩き始めた一星。
横に並んで、俺は小さく息をもらす。落ち着いて、気が抜けた。静かになったこの空間でさえ居心地がいいと思ってしまう。
今まで誰かと一緒にいてそんなことを考えたことはなかったかもしれない。



