生意気でごめん、先輩



だってまだ手が離れない。

「こんなことしなくたって、はぐれませんよ」

「…ああ」

「それに、はぐれても、別にいいじゃないっすか。綴先輩なら色んな人が話しかけてくるからその人と花火見ることだってできる」

ーーーそんなことになったら俺は速攻帰りますけどね。

「一星、あれ買って」

人混みで聞こえなかったのだろうか。それとも聞こえないふりをしているのだろうか。否、綴先輩の耳には届いているはずなのに、綴先輩は何食わぬ顔で屋台の方に指先を向ける。

反対の手は俺の手をいまだに掴んでいた。
指先から緊張の熱が伝わりそうでこわい。

俺は綴先輩の示した方向に顔を向けた。

屋台は密接している。何を指し示しているのかさっぱり分からない。

「りんご飴っすか?やきそば?それともその隣のベビーカステラ?あ、その隣にたこ焼きもありますけど」

「…全部」

「全部ですか」

何言ってんだこの人。

「まあ、それがお望みなら買いますけど。一応『お礼』なんで」

ため息混じりにそう言うと綴先輩は、「よし」と小さく頷いて屋台の方に俺の手を引いて向かう。
案の定本当に全部買った。

そして綴先輩は「花火を見ながら食べる」と言い張る。意外と花よりだんごタイプなのかな、この人。

買ったものをお互いが持てる範囲で片手で抱えていたが、最後のたこ焼きが来たところで流石にお互いの片手でだけでは難しくなったことに気づいた。

「はい、たこ焼きお待ち」

差し出されたたこ焼き。お互い顔を見合わせて、そして、ゆっくりと手が離れる。

なんだか夏なのに、離れた手が夏風に当てられ冷たく感じた。

綴先輩が1パックのたこ焼きを受け取り、2人で歩き始める。

「本当にこんなに食べられるんですか」

「さあ」

「さあって…」

「いっぱいあった方が楽しいだろ、たぶん」

無表情でそう言われても「楽しい」感じはない。せめてもう少し笑ってほしいとふと思った。
暗闇になるとより、綴先輩の表情は分かりにくい。

「そうですね」と適当な返事をうって俺は幾分か先を歩き始める。


「足場、気をつけてください。ここ登ったらすぐです」

「分かった」

俺たちは薄暗い場所をしばらく進み、道がひらけたところで足を止めた。
ここはまだ誰にも見つかっていないであろう花火が綺麗にみえる場所である。綴先輩と来られてよかった、なんて。
俺はにっと笑って綴先輩の方を振り返る。

「ベンチもあるし、最強の場所でしょう、先輩」

綴先輩はあたりを見渡して小さく頷いてくれた。
そしてスマホで時間を確認する。

「花火まであと5分か、ちょうどいいな」

「そうっすね」

ベンチに座ってすっかり暗くなった空を見上げたあと、あと数分後に始まる非日常にワクワクしながら隣を見れば綴先輩は隣でりんご飴を齧っていた。

「あま…」

「そりゃりんご飴っすからね」

「一星はなんでいちご飴にしたんだ」

「食べやすいですから」

「へえ」

なんてことない会話を繰り広げて俺は串に4つ刺さっているいちご飴の一粒を口の中に頬張る。
隣から視線を感じた。俺はなんとなくその意図が分かって片方の口角を上げて綴先輩を見る。

「1個いります?」

「…」

黒い瞳が俺の手元に注がれていた。人のが美味しそうに見えるのは仕方のないことである。初めての屋台飯なら尚更だ。

綴先輩に差し出したいちご飴。綴先輩の手がゆっくりと伸びる。

が、寸前で俺はそれを自分の方に寄せた。

「あっげません、自分の食ってください。こんなにいっぱいあるんですから人の食べてる余裕ないっすよ」

「俺のりんご飴も一口やる」

「りんごひと齧りと、いちご1個分じゃフェアじゃないです」

「たこ焼き半分やる」

「どういう半分すか、6個中3くれるってことですか?それとも1個の半分?だとしたらどっちがタコ食べるかの争奪戦になりま」

「うるさい」

俺のいちご飴を掴んでいる手ごと掴んで強めの力で引き寄せた綴先輩。俺は少しバランスを崩しながら綴先輩の方に上半身が近づく。

また、近くなってしまった距離。
この人、不意打ちにこういうことやるんだよな。
この至近距離でいちご飴にしか興味がない綴先輩にも腹が立つ。

綴先輩は一粒のいちご飴を口の中にいれたあと、満足そうに俺から離れた。