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少し日が沈み、あたりは薄暗くなっている。

夏休みに入って約2週間。今日は綴先輩との約束の日。

もう少し早めの集合でも良かったが人混みが苦手な綴先輩のために遅めの集合にした。

浴衣を着ようか迷ったが、やめておいた。これは『お礼』である。俺が浮かれてどうする。

人混みから少し外れたところにある休憩所のようなところの木にもたれかかってスマホをみた。

すると、それと同時に綴先輩からの着信。

若干の緊張を帯びながら俺はそれを耳にあてた。


「あ、一星?」

電話越しだと少し声が違う。そんなことを思いながら俺は「はい」と返事をする。

「着いたけど、今どこ」

そう言われ、顔を上げれば幾分か先で綴先輩が辺りを見渡している。
その場にいる女子たちが完全にハンターの顔をし始めていた。「やば、かっこいい人いる」「1人じゃん、声かけようよ」とまあそんな感じだろう。

させるか。

「綴先輩っ!」

スマホを少し耳から離して綴先輩を呼べば、その綺麗な顔がこちらに向く。俺に気づいた瞬間、表情が柔らかくなった気がした。

心臓が、跳ねる。

軽く手を上げた綴先輩がこちらに歩いてきた。私服姿は初めて見たがシンプルなのにモデル並みにかっこよく見える。

周りに集ろうとしてくる女どもを目で一喝する。


「ごめん、ちょっと遅れた」

「なんすか、女に声かけられてて足止めくらってたとか?」

「…」

すでに声をかけられていたのか。まあ、そうだろうよ。


「ぱぱっと屋台で食いたいもん買って、人混みから離れたところで花火みましょうよ」

「そんなところあんの」

「穴場知ってるんで!ベスポジです」

「へえ、楽しみ」

微々たるものだが、少しだけ口角が上がった綴先輩。
楽しみ、楽しみ、楽しみ、楽しみ。
綴先輩のそれが脳内で何度も響く。

表情筋がふにゃあとなりそうになるのを耐えた。綴先輩とは正反対すぎて困る、この素直すぎる表情筋めが。しっかりしろ、俺。

「何か食べたいのありますか」

「別に、なんでも」

「そういうのが1番困るんですけどね」

「そもそも何が売ってるのか分からない」

「祭り、初めてですか」

「…ああ、初めて」

ほう。

「一星、それどういう顔」

「別に」

綴先輩の初めての夏祭りが俺と一緒ということに断じて喜んでなどいない。断じてっ!
すんっと真顔になり、綴先輩の口調を真似るようにそう言う。

「変な顔」

「なっ、綴先輩の真似ですよ」

真顔になれていたと思っていたが、ニヤけるのを我慢できていなかっただろうか。
俺は眉間に皺を寄せて自分の頬を両手でぐにゃぐにゃと触る。
俺は綴先輩みたいにポーカーフェイスにはなれないようだ。

「…一星、邪魔になるからもうちょっとこっち寄れ」

奥に進むにつれ、少し油断すれば綴先輩とはぐれてしまいそうになる。
綴先輩が見かねて俺の手を掴んで寄せた。
とんっと軽く肩同士がぶつかる。
近くなった距離。離れない手。また、心臓が跳ねる。

「…俺、女じゃねえし」

「知ってるけど」

「何を当然なこと言ってんだ」とそんな言葉を帯びた声色で綴先輩は言うがこの人は分かっていない。