生意気でごめん、先輩




俺の手を掴んだまま離さない綴先輩は俺から奪い取ったテスト用紙を視界に入れる。

「…90点」

綴先輩はそう言ってまた俺の方を見た。

「これ、俺に見せに来たんじゃないの」

紙がゆらゆらと揺れる。俺はなんだか恥ずかしくなってそれを奪い返す。そして触れている手から緊張がバレないようにめいっぱい振り払った。

「じ、自意識過剰っすか、本当に偶然だし」

綴先輩を直視できないまま俺は荒々しく声を放つ。やけくそというか、八つ当たりというか、込み上がるこっ恥ずかしさというか。

「ま、いいや、夏休みどこ行きたい」

案の定綴先輩はそれ以上突っ込んでくることはなく俺にそう聞いた。「夏休みどこ行きたい」その質問はつまり、前に話していた『お礼』という名の『ごほうび』は決行されるということだ。

「一応、『お礼』っすから、綴先輩が行きたいところに付き合います。なんでも、奢ります」

「俺の行きたいところ…」

「なんかないっすか」

綴先輩は考え込むように腕を組んだ。この人、夏休みだろうがなんだろうが高校生らしい遊びとかしたことないんだろうなあ。

「夏といったら海っすけどね」

「暑い」

「そりゃ夏は暑いですよ」

ため息混じりにそう突っ込む。ということはクーラーの効いた室内とかだろうか。
ぱあっと遊びたいのが本心ではあるが。

「…他にないの。前のゲームセンターみたいな感じの」

何も出てこなくて脳内のキャパをオーバーしたのかざっくりしたリクエストをしてくる綴先輩。
そうきたかと思ったが、素直に嬉しい言葉であった。

本当にあの日楽しかったと思ってくれていたということだ。
にやけそうになるのを我慢するように口元に指先を添えて俺は考える。

高校生らしい遊び。そんなのいっぱいあるに決まっているが、綴先輩はおそらく省エネ男子だ。表情筋さえ動かしていない朴念仁なのだから。

しかし、夏は普通に外で遊びたいし。太陽が照り付けていない夜であれば。

夜、か。夜といったら花火だ、花火といったら。


「夏祭り…」

その言葉が自分の口からもれた瞬間、俺は人差し指を上に向けた。


「夏祭り、行きましょう」


名案である。