昼休みの騒がしい廊下を抜けて、一気に静かになる校舎の裏側。あまり手入れのされていない雑草だらけの道をゆっくりと歩いていく。
「どうしても私じゃだめ?」
足を止めた。校舎の壁により姿は見えないものの女子の声だった。
壁に手をついておそるおそる顔を覗かせる。
「っ」
ーーー綴先輩だ。
背中姿ではあるもののその人が綴先輩ということは嫌でも分かる。そして綴先輩の正面に立っている女子
俺の方からはかろうじて顔が見えたが、今すぐにでも泣きそうな顔をしている。
先ほどの『どうしても私じゃだめ?』はおそらくそういうことなのだろうと予想はつく。
綴先輩はなんて答えるのだろう。
ごくりと唾を飲み込んだ。何で俺が緊張しているんだ、別にいいじゃん綴先輩が誰と付き合おうが。別に、関係ないし。
そう言い聞かせるが、なぜか壁に置かれている手に力がこもった。
「…ごめん」
綴先輩のそんな静かな声が聞こえる。
また、あのポーカーフェイスは崩れていないのだろう。だって女子の顔がこれでもかというほど歪んでいる。
「そうやって断ってばっかいるから、他校の子と付き合ってるとか、年上の女性といい感じとか色んな噂がながれてるよ」
猫を被るのが嫌になったのかイラつきの声色を滲ませながらそう言った女子。
綴先輩は何も言わない。怒りと悲しみで涙を流す女子は一度唇を噛み締めた後再び口を開いた。
「わたしのこと、ちょっとくらい興味持ってくれてもいいじゃん、顔とかスタイルとか綴くんに釣り合うし」
ーーー顔とか、スタイルとか、綴くんに釣り合うし。
なんだよそれ。綴先輩は隣に置くためのお飾りか、信じられないあの女。
綴先輩の手を掴んだ女子。反射的に俺はそこから飛び出していきそうになったが、それよりも綴先輩が女の手を払ったのが先であった。
「無理」
冷たい綴先輩の声が聞こえてくる。女子は悔しそうに唇をかみしめたあと、
「あんたみたいな感情がよめない男、どんなにイケメンでもこっちから願い下げだわ!」
そう言って走り去っていく。俺は何とも言えない気持ちでその場を見つめる。
『感情がよめない男』か。まあ、まさにその通りだけど、お前が綴先輩の外面しかみてないという紛れもない証拠だろ、と心の中で毒を吐く。
綴先輩、今どんな気持ちなんだろう。
そんなことを思っていれば綴先輩は、女子が走り去った反対の方向、つまり、俺の方に体を向けた。
「あ」
隠れるのが遅れて、こちらを振り向いた綴先輩と目が合う。思わず声が漏れて口に手をあてたが事はもう遅い。
「一星…?」
「あ、いや、偶然、通りかかって」
空いた距離を縮めるように俺は小走りで綴先輩の方に向かう。
なんだか気まずくて、綴先輩を直視できない。
背中にまわした90点のテスト用紙、偶然通りかかったって言っているのに持ってたら怪しまれるかも。
「やっぱ、綴先輩告白なんて日常茶飯事なんすね!」
へらりと笑ってそういう。あの冷たく放った『無理』という声が脳裏で響く。なぜか離れなくなっていた。
俺も、いつかあんな風に拒絶されてしまうのだろうか。
あの女は綴先輩の外面しかみていないなどとマウントも甚だしい毒を心の中ではいたものの、俺だって同じ穴のムジナである。
綴先輩の顔、綺麗だなと見るたびに思うし、このポーカーフェイスを自分が崩せたらという独占欲にも似たそれ。俺は、あの女と同じ…
うん?同じ?いや、同じじゃ困る。俺は付き合いたいとか、そういうのじゃない。
「逆ギレされてましたけど、ビンタとかされたことないんすか」
「……」
こりゃあるな。
「告白されまくるのなんて、羨ましいとか思ってましたけど毎回振るのも大変ですね。あの人、結構かわいかったですけど、付き合わないんすか」
「…一部始終みてたなら分かるだろ」
そう言って俺の横を抜けて歩いていく綴先輩。うん、分かる、分かるけど分かった上で煽っている。
俺は慌てて綴先輩を追いかけて横に並んだ。
「他校の女子とか、年上の人と付き合ってるって噂」
「…」
綴先輩の足が止まって俺は跳ねるように綴先輩の前に出る。
「まじですか」
拳をマイクのようにして綴先輩に向ける。
その黒い瞳が俺を見た。冷たい瞳だ。
「信じたきゃ、信じれば」
俺の手を払ってまた歩き出そうとする綴先輩。
俺は咄嗟に綴先輩の手を掴んだ。
どうせ、あの女子のようにこの手は振り払われるのだろうと覚悟した。
そして微々たる怒りの表情を俺に向けるのだろう。俺はそれをよみとれて、あの女にはきっと無理だ。それでいい。
しかし、綴先輩は振り払うどころか俺の手を一度振り払った後、俺の揺れた手を掴んで引き寄せる。
「っ!」
「…偶然なんて、嘘だろ一星」
至近距離になった綴先輩の端正な顔。小さく動いた唇。
バクつく心臓。掴まれている手の反対の手に収まっていたくしゃくしゃの紙が綴先輩に抜き取られたことで俺は我に返った。



