「…ごほうび、考えたの」
「え」
手を止めて顔を上げる。綴先輩は頬杖をついて俺を見ていた。窓から入ってきた風がさらさらと綴先輩の髪を揺らす。
「まだ、何も考えてないですけど」
「そう」
「え、いいんすか、ごほうび」
「嫌だ」
「なんだよ、もう」
上げて落としやがる。聞くには聞いてやるよスタイルだったわけか。
だけど『ごほうび』に関しては俺が得しているばかりで綴先輩に何もメリットがないのは確かである。
ーーーなので、
「お礼に、何かします」
「…は?」
「綴先輩は俺に勉強を教えてくれて、そんで俺はめでたく赤点脱却して『ばんざーい』で得をするわけですけど今のままだと綴先輩には何もメリットがないですよね」
「ああ」
即答だ。それは思ってたんだ。
「だからお礼です。綴先輩のお望み通りにします」
「望み通り…」
そう呟いて瞳を机に落とす。何を言われるんだろうと若干の緊張が込み上げてきてごくりと唾を飲み込んだ。
「か、金はなしっすよ」
「え」
「え」
「…冗談だよ」
ふっと綴先輩の息がもれる。この人が言うと冗談が冗談に聞こえないんだよな。まあ金なわけないか、この人金持ちのぼんぼんだし。
しばらく綴先輩は考え込んだあと、ゆっくりと口を開いた。
「夏休み」
「夏休み?」
「…なんか予定あんの」
テストを乗り越えた先に待っている夏休み。まだ遥か遠くな気がしていたが案外そうでもない未来。
綴先輩の質問に俺は心臓が心地よく跳ねた。
「ある日もありますけど、ない日の方が多いっす!」
「…そう」
「遊んでくれるんですか!」
「遊ぶって…まあ、うん」
わあい、やったあ。でも綴先輩にとってそれは嬉しいことなのだろうか、生意気な後輩隣に遊ぶことになるんだぞ、こんなこと自分で言いたかないけど。『生意気な口』については自制ができないんだ。
それにしても、
「綴先輩、受験生ですけど大丈夫なんすか」
「そんなに頻繁に遊ぶわけないだろう、1日だけだよ」
「ああ、なるほど、確かに。息抜き必要ですよね」
そもそも綴先輩ほど頭が良ければそんなに根気強く勉強し続けなくても大学なんてするっと合格しそうだ。
「綴先輩って、将来どうなりたいとか決まってるんですか」
ふと、そんな疑問を綴先輩にぶつけてみた。綴先輩は、1度俺の方をみた後窓の外を眺めて椅子の背に身を預けた。その姿もなんだか神々しかった。展示したら金集まりそう。
「家を継ぐとかそんなんですか?」
「……どうだろ」
「ああ、じゃあ、あれだ海外行って社長とかしながら荒稼ぎするんだ!」
「なんだよそれ」
「ううん、じゃあ普通に医者とかそんなん?」
「…」
「え、あたりっすか?」
「…」
「あたりだ!」
「何も言ってない」
「俺最近分かってきたんですよ、綴先輩は黙った時の微々たる表情の変化で肯定か否定か分かる!」
「…一星は心理学者かなんかにでもなれるんじゃない」
そう言った綴先輩。分かってないなあ。
「分かるの綴先輩だけですよ」



