ーーー『生意気』
そう言おうとしたのだろうか、それとも「怒らせる天才か、お前」とか。
やってきた店員に話は遮られてしまった。
綴先輩の瞳が店員に向くと、女の店員は頬を赤らめている。ほらみろ、これだ。
と綴先輩を見ると、その視線を無視するようにメニューに瞳を落とす。
「…オムライス、お願いします」
「オムライスがお一つ」と若干店員の声が緊張で裏返っていた。まあ、気持ちはわかる。いきなり目の前に凄まじいイケメンがあらわれたらそうなるわ。
俺は綴先輩に続けて、いつものハンバーグとステーキのライスとサラダがついているセットを頼む。
店員が注文を繰り返した後、ちらりと最後に綴先輩を見て弾むように去っていく。
俺は腕をテーブルについて前のめりに綴先輩に近づいた。
「ああいう感じの視線を、毎日浴びてるってことっすよね」
「ああいう…?」
「『ああ、この人と付き合いたいっ!かっこいいっ!』っていう視線」
「……知らない」
綴先輩はそう言って静かに水を飲んだ。
俺はたいして反応してこない先輩に「面白くねえ」と背中を椅子に預ける。
すると綴先輩は軽くため息をついた。
「…俺のことを干渉するより、自分の2点の数学を心配しろよ来年受験生だろう」
「分かってますよ」
不貞腐れたようにそう言う。20点などと低めの目標をたてたが次も一桁をとってしまうかもしれない。
目標か夢があれば頑張れるのではと先生は俺に言った。ああ、目標、か。
俺は背もたれから体を起こして、テーブルに手をついた。目標というより、ただの好奇心。
「俺が次いい点数とれたら、綴先輩何してくれますか」
「…は?」
俺はにひりと笑う。
「ごほうび」
ゆっくりとした口調でそう言えば、綴先輩の表情が曇る。「何を言っているんだ、こいつ」とそんな顔をしていた。俺は、綴先輩が見せる怒りや怪訝、不服さは気づくようになっていた。というか、そうさせているのは紛れもなく俺なんだけど。
「子供じゃあるまいし」
「俺、夢とか目標とかまだ何も考えられないんですよ」
綴先輩を真っ直ぐと見つめる。あわよくば、俺はこの先輩との接点をまだもっていたいという欲が欠くことなく頭の中を支配しているようだった。こんなことは初めてだ。
「だから、ひとまず先輩からの『ご褒美』という目標さえあれば頑張れると思うんすよね」
「嫌だ」
「なんで」
「…俺にメリットないし変なこと頼んできそう」
「変なことって?」
「金、とか」
わっ、すごい嫌な顔している。俺がそんなことを頼むと思っているのが心外だ。過去にそんなことがあったのだろうか。なぜか悔しくてぎゅっと拳を握った。



