生意気でごめん、先輩





ハンバーグとステーキのセット。いや、やっぱりペペロンチーノやカルボナーラも捨てがたい。
俺は当初の予定とはすべてがぶれぶれのこの状態を楽しんでいた。
メニュー表と睨めっこをしていると、正面に座っている綴先輩ががさごそと動きはじめたため、メニューを少し下ろして観察するように視界に入れると、

「うわ」

テーブルに勉強道具を広げはじめていた。

「先に注文しましょうよ、そんで食べましょうよ」

「俺はいい。一星は食べて、先に勉強してるから」

ちっ、ぶれないなこの人。
俺はメニュー表を閉じて綴先輩の手に持ったシャーペンを奪いとる。
綴先輩は抜き取られたシャーペンを取り返すように俺に手を伸ばす。

「返せ」

「嫌っす」

「…一星」

俺はシャーペンを両手で握りしめたまま拳を頬に当てて首を傾けて綴先輩をみた。完全に挑発している体勢であり、綴先輩にもおそらくそれは伝わっている。

「兄貴から聞きましたよ、綴先輩の家豪邸でお手伝いさんいるらしいっすね」

「……」

沈黙は肯定。

「今日もお家はコース料理かなんかっすか」

「……」

そうなんかい。おぼっちゃまめ。

「じゃあ、俺の庶民的なオムライスもある意味新鮮だったでしょ」

にこりと笑うと綴先輩は静かに俺を睨みつけている。おそらく怒りのボルテージが上がっているだろう。挑発をして、感情の先を自分にむけさせる。今のところ引き出せているのは込み上げる怒りくらいだ。まあ、しようがない。自分の生意気さは自覚している。

「ファミレスも来たことなくて、豪邸で引きこもって勉強して、高校生らしいことなんもしなくて、なんかもったいないっすね」

綴先輩は俺に向かって手を伸ばした。ついに殴られるかと思った。よし来い、と目をつぶる。
が、綴先輩の拳や手のひらが俺の顔にぶつかることはなくおそるおそる目をあけると俺の近くに置いていたメニューを綴先輩が手にとって眺めていた。

俺は「なんだよ…」と小さく呟いて唇を尖らす。


「…綴先輩、メニュー表もうひとつありますけど」

「『ごめんなさい』って書かれたオムライス」

「え」

「メニューにはないんだ」

「は?」

「あれが食べたかった」

「オムライスならほら、端にあるじゃないですかそれにしますか」

「ごめんなさいって書かれてない」

今になってそれいじってくるか。あの時無言で食べたくせに。

「あるわけないじゃないですか」

「ケチャップで謝罪なんて、確かに新鮮だった」

「知らないようだから言っときますけど、カップルがよく相手のオムライスに『LOVE』とか『好き』とか書いて愛を確かめ合ったりするんすよ、知らないでしょうけどっ」

「…へえ、知らなかった。じゃあ彼女にもしてあげてるのか」

テーブルに貼られている広告を意味もなく眺めながら喋っていたが綴先輩の言葉にふと顔を上げる。
頬杖をついて窓の外を見つめていた。

差し掛かったオレンジ色の光が綴先輩を照らしている。なんだか神々しい。そして周りに座っている客もちらちらと綴先輩を見ている。

「彼女なんて、いないっすけど」

「…へえ」

「俺の両親はオムライスのケチャップで付き合いましたよ」

「へえ」

「嘘っす」

「あっそう」

反応が薄すぎていちいち内心どう思っているのか分からない。畜生、せめてこっちを向きやがれ。

「綴先輩こそ、女とっかえひっかえできそうですけどね」

ピンポーンと簡易な音が響く。俺は店員を呼ぶボタンを押しながらそう言った。
綴先輩の瞳がちらりと俺をみる。
オレンジ色の光を帯びたその瞳。俺は思わず逸らしてしまった。
そしてへらりと笑って周りを見た。

「さっきから色んな人が綴先輩を見てます。気づいてますか」

「…見てない」

「見てます」

「…見てないって」

「綴先輩の周りに張り巡ってる壁、透明じゃなくてドス黒いってことですか」

「どういう意味」

「みんな、綴先輩のイケメンさにびびりながらもあわよくば話しかけたいって思ってて、綴先輩はそれを見ないフリをしてるってことです」

「見かけだけで話しかけられても困る。誰も俺のことなんて知らない」

「教える気がないってだけじゃん」

「…さっきからというか、前から思ってたけど一星って」

「お客様、ご注文をお伺いします」