正直目的が勉強だろうがメシだろうがどうだっていい。綴先輩が俺を構い、少しでも感情をあらわにしてくれるのが面白いのだ。
「嫌ですか」という問いに綴先輩は「嫌」とは言えない。ただ難しげな顔をして静かに歩いていく。
「…綴先輩って、なんか透明の壁をずっと周りに張り巡らしてますよね」
「壁?」
俺は小さく頷いた。
「『俺はこれ以上、新しい刺激は結構です。自分の世界だけにいます』って断言してるみたい」
「…そんなこと誰も言ってない」
「言ってなくてもそういう態度にみえるって話です」
これまた生意気で、超弩級の失礼さを兼ね備えた爆弾を俺は何気なく口にしている。自覚はしていた。怒るだろうか。横目で綴先輩をみると「態度…」と呟いて地面に顔を落としている。
「綴先輩って、何を考えてるかよく分からないってよく言われませんか」
「…」
無意識で無自覚。この人は何も人を突き放したくてこういう寄せつけない雰囲気を醸し出しているわけではない。それがだんだん分かってきていた。
ーーー『いいですよね、愛想ふりまかなくたって勝手に好かれるんすから人生勝ち組って感じ』
以前俺がそう言った時に、綴先輩が少しムキになっていたことを思い出す。
「俺はファミレスの楽しさを知ってて、綴先輩は知らないって、それだけですでに綴先輩は俺に負けているわけです」
跳ねるように綴先輩の前に立ち、人差し指をたててそう言う。
とんだポンコツ理論を繰り広げたところで、綴先輩はその何を考えているのか読み取りづらい瞳を正面にいる俺に向けた。
静かにため息をついた後、小さく口を開いた。
「…分かった、行く」
「よっしゃ!何食べます?俺はよくハンバーグとステーキが一緒になってるセット頼んでるんですけど」
「勉強は」
「あ、ドリンクバーはつけますか?俺クーポン持ってますよ」
「勉強…あ、一星」
綴先輩を正面に、歩いている方向とは反対の方に体を向けて歩いている俺。綴先輩が俺の名を呼んで俺は腕を掴んだ。
そして綴先輩の方に体が引き寄せられる。
「っ」
一瞬、綴先輩の胸と自分の頬がぶつかって軽く跳ねた。
「電柱、ぶつかる」
「…すんませ」
存外近い距離から声が聞こえると思って顔を上げると、予想通りその男性な顔が近くにあり、言葉が止まった。先輩のファンが見ていればおそらく射殺される近さだ。おい、ドキってなんだドキって、やばいだろう自分。
固まる俺に綴先輩は不思議そうに小さく首を傾げた。
少し横に流れた綴先輩の前髪が片方の瞳を隠す。
こんなに至近距離で綴先輩を見つめたことがなかったが、改めて思う。この人は、綺麗すぎる。
俺は、なんでこんな人に興味を持ってしまったのだろう、と。
「一星…?」
名前を呼ばせてしまったのだろう、と。
俺は、掴まれていない方の手で綴先輩の体をおした。簡単に綴先輩の体は離れる。
俺は何もかもに気づいていないふりをしてくるりと体の方向を変えて歩き始める。
ーーーなんとなく、この人のあらゆる感情の先が自分だったら面白そうだな、とかそんな簡単なものだ。うん、きっとそう。
「すんません、前見て歩きます」
「そうして」
「ドリンクバーはつけますよね」
「まだ言ってる…」



