その日、私はある張り紙を見つけた。人通りの少ない道にある古い日本家屋に貼られているチラシ。それはあまりに意味が分からなかった。
『お悩みランキング』
見出しの下に書かれている説明文を目で追っていく。
『貴方のお悩み教えて下さい。集めたお悩みをランキングにして掲載します』
そして、下には回答用紙と回答用紙を入れる箱が置かれている。
いや、ダメでしょ。人の悩みに優劣をつけたら。
それでも何も入っていない回答用紙を入れる箱を見たら、つい入れたくなってしまった。
だから、適当に「最近、習い事の水泳が上達しない」と書いておいた。
次の週。
『結果発表!』
と大きく書かれた紙の一番上には、私の悩みが書かれていた。一位から十位まで書かれた悩みの中で、私の悩みは一位だった。
つい二位から十位が気になってしまう。
「二位 犬の散歩に行く日が雨だった。
三位 チョコレートを食べすぎた。
・
・
・ 」
うーん、どの悩みが良いとかじゃないけれど、やっぱり悩みをランキングにするのはなぁ。それに、前に見た時は誰も投票していなかったのに、まさか十位まで決まっているなんて。案外、どんなランキングでも投票する人はいるらしい。
そんな感情と同時に自分のふと思っていた悩みが、一位と書かれているとちょっとだけ嬉しくなった。誰に習い事の水泳のことを相談しても、「いや、上手じゃん」とか「気にすんな」ってとかばかり言われていたから。
だから、つい今週も私は投票してしまった。
『習い事の水泳の先生が怖い』、と。
次の週、やはり私の悩みは一位だった。
そうだよね、辛かったもん。良くないと分かりながらも誰かに自分の悩みを受け入れられた気がして、嬉しくなってしまう。
そんな日々が続いたある日。
ランキングを見ていた時に、初めて日本家屋の扉がガラッと開いた。
「こんにちは」
出てきたお婆ちゃんに私は固まってしまった。
「貴方でしょう? 投票してくれていたのは」
そして、お婆ちゃんは続けるのだ。
「私はね、誰の悩みも『その人にとったら一大事だ』と思っているの。だって、その人にとって自分の悩みが一位でしょう?」
お婆ちゃんは笑った。
「誰も投票しないほど、この場所は人が通らないの。それでも、たまーに投票してくれる人がいるの。貴方みたいにね。その時に私はいつも二位から十位の悩みを作って、一位にその人の悩みを書いていたの」
その種明かしをするお婆ちゃんは、優しい笑みのままで。
「その人にとって、自分の悩みは重大すぎるほど重大だわ。比べられるものじゃない。それでも、『貴方の悩みは大変ね』と誰かに言って欲しい時もある。一位と書かれた自分の悩みを見て、少しだけ心が軽くなったでしょう?」
それは良いことじゃない。わかっている。それでも綺麗ごとだけじゃ心が救われない時もある。
「貴方の悩みは一位よ。だから、辛い気持ちは何一つ間違っていない。それだけを伝えたかったの」
何でだろうか。胸の奥がギュゥっとしまって泣きそうになる。
自分の悩みがしょぼいだとか、気にしすぎだとか、誰だって言われたくない。だって、私は今こんなに辛いのだから。
「辛い気持ちは私が受け入れるわ。だから、今日も無理しないこと」
そう言って、お婆ちゃんは家の中に戻っていった。残されたのは、お悩みランキングと書かれた紙だけ。当たり前のように一位には私の悩みが書かれている。
自分が辛いと思っていることを相手に辛くないと決めつけられたくない。
だって、そうでしょう?
私にとっては、私の悩みが一位に決まっている。誰の悩みだって、その人にとっては一位なのだ。他の人と比べられるものじゃない。
「よし、今日も無理しないでおこ!」
もうちょっとだけ前を向いてみようかな。
【お悩みランキング】
fin.
『お悩みランキング』
見出しの下に書かれている説明文を目で追っていく。
『貴方のお悩み教えて下さい。集めたお悩みをランキングにして掲載します』
そして、下には回答用紙と回答用紙を入れる箱が置かれている。
いや、ダメでしょ。人の悩みに優劣をつけたら。
それでも何も入っていない回答用紙を入れる箱を見たら、つい入れたくなってしまった。
だから、適当に「最近、習い事の水泳が上達しない」と書いておいた。
次の週。
『結果発表!』
と大きく書かれた紙の一番上には、私の悩みが書かれていた。一位から十位まで書かれた悩みの中で、私の悩みは一位だった。
つい二位から十位が気になってしまう。
「二位 犬の散歩に行く日が雨だった。
三位 チョコレートを食べすぎた。
・
・
・ 」
うーん、どの悩みが良いとかじゃないけれど、やっぱり悩みをランキングにするのはなぁ。それに、前に見た時は誰も投票していなかったのに、まさか十位まで決まっているなんて。案外、どんなランキングでも投票する人はいるらしい。
そんな感情と同時に自分のふと思っていた悩みが、一位と書かれているとちょっとだけ嬉しくなった。誰に習い事の水泳のことを相談しても、「いや、上手じゃん」とか「気にすんな」ってとかばかり言われていたから。
だから、つい今週も私は投票してしまった。
『習い事の水泳の先生が怖い』、と。
次の週、やはり私の悩みは一位だった。
そうだよね、辛かったもん。良くないと分かりながらも誰かに自分の悩みを受け入れられた気がして、嬉しくなってしまう。
そんな日々が続いたある日。
ランキングを見ていた時に、初めて日本家屋の扉がガラッと開いた。
「こんにちは」
出てきたお婆ちゃんに私は固まってしまった。
「貴方でしょう? 投票してくれていたのは」
そして、お婆ちゃんは続けるのだ。
「私はね、誰の悩みも『その人にとったら一大事だ』と思っているの。だって、その人にとって自分の悩みが一位でしょう?」
お婆ちゃんは笑った。
「誰も投票しないほど、この場所は人が通らないの。それでも、たまーに投票してくれる人がいるの。貴方みたいにね。その時に私はいつも二位から十位の悩みを作って、一位にその人の悩みを書いていたの」
その種明かしをするお婆ちゃんは、優しい笑みのままで。
「その人にとって、自分の悩みは重大すぎるほど重大だわ。比べられるものじゃない。それでも、『貴方の悩みは大変ね』と誰かに言って欲しい時もある。一位と書かれた自分の悩みを見て、少しだけ心が軽くなったでしょう?」
それは良いことじゃない。わかっている。それでも綺麗ごとだけじゃ心が救われない時もある。
「貴方の悩みは一位よ。だから、辛い気持ちは何一つ間違っていない。それだけを伝えたかったの」
何でだろうか。胸の奥がギュゥっとしまって泣きそうになる。
自分の悩みがしょぼいだとか、気にしすぎだとか、誰だって言われたくない。だって、私は今こんなに辛いのだから。
「辛い気持ちは私が受け入れるわ。だから、今日も無理しないこと」
そう言って、お婆ちゃんは家の中に戻っていった。残されたのは、お悩みランキングと書かれた紙だけ。当たり前のように一位には私の悩みが書かれている。
自分が辛いと思っていることを相手に辛くないと決めつけられたくない。
だって、そうでしょう?
私にとっては、私の悩みが一位に決まっている。誰の悩みだって、その人にとっては一位なのだ。他の人と比べられるものじゃない。
「よし、今日も無理しないでおこ!」
もうちょっとだけ前を向いてみようかな。
【お悩みランキング】
fin.



