放課後の空気は、すこしだけ肌寒かった。

 

 今日もまた、ドキドキの連続で。
 いろんな言葉、視線、誰かの手のぬくもり——
 その全部が、まだ胸の中にぽかぽか残ってるみたいで。

 

 なんとなく、教室に戻る気になれなくて。
 私はふらっと歩き出して、
 ちょっとだけ遠回りの道を選んだ。

 

 

 その途中で見つけたのは、
 白い壁に、丸っこい窓がついた、小さなカフェ。
 まるで絵本から抜け出したみたいなお店。

 

 ずっと前から気になってたけど、入るのは初めてだった。

 

 「……入ってみようかな」

 

 そっと扉を押す。
 カラン、と鳴ったドアの鈴の音と一緒に、
 あたたかい空気がふわっとひろがった。

 

 木のテーブル、ほのかなココアの香り。
 たったそれだけで、今日のざわざわがすこしだけほどけていく気がした。

 

 

 「……いらっしゃいませー」

 

 奥のカウンターから声がして、顔を上げた。
 そして、思わず——固まった。

 

 

 「……あれ? ○○高校の制服?」

 

 店員の制服の上にエプロンを着けたその人は、
 すこし眠たげな目元と、やわらかい笑顔。
 でもどこか、目の奥だけはちゃんと“こっち”を見てくる。
 ……なんというか、さりげないのに、目が離せない。

 

 「えっ、はい。あの……」

 

 「あ、俺も同じ学校。二年の、水瀬 柊真っていうんだけど……知ってる?」

 

 「……す、すみません。わたし一年で……」

 

 「そっか。じゃあ、今日が初めましてだね」

 

 

 そう言って笑った先輩の顔が、
 なんだか反則レベルでイケメンで、
 私はまた、顔から火が出そうだった。

 

 

 「好きな席どうぞ。カフェ、初めて?」

 

 「このお店は……初めてです」
 「いいタイミング。……俺、今日バイト入ってる日だから」

 

 

 えっ、えっ、なにそのセリフ。
 普通に言ってるけど、甘すぎない……?

 

 

 席に着いて少しすると、
 柊真先輩がそっと運んできたのは、
 ハートのラテアートが描かれた、あったかいカフェラテ。

 

 「今日、ちょっと寒いからね。あったかいの、いいかなって」

 

 「……ありがとうございます」

 

 カップを両手で包むと、じんわりとしたぬくもり。
 その優しさに、なぜだか、涙がこぼれそうになった。

 

 

 「顔に出やすいんだね」
 「……え?」

 

 「さっきから、何回か表情が変わってる。……なにか、あった?」

 

 

 こんなに、わかりやすいかな。
 でも、見透かされてるのに、いやじゃなかった。
 むしろ、ちょっとほっとした。

 

 

 「……ちょっと、いろいろあって。なんか、息つきたくて」

 

 「ふーん……」

 

 彼は静かにうなずいて、
 カウンター越しにまっすぐ目を合わせてくる。

 

 

 「じゃあさ、たまには寄り道してよ」
 「え……?」

 

 「ここ、俺のバイト先だけど……君が来たら、ちょっとだけ嬉しいかも」

 

 

 あっさり、自然に。
 でも、その言葉だけで、
 さっきまでの疲れがふわっとほどけていった気がした。

 

 

 「……なんで、そんなに優しくしてくれるんですか?」

 

 

 つい、ぽろっと聞いてしまった。
 でも、柊真先輩は笑わなかった。

 

 代わりに、
 その目で、まるでなにかを見抜くように静かに言った。

 

 

 「俺、ねねちゃんのこと……
  “優しくしたくなる顔してるな”って、思っただけ」

 

 

 ふわっと、空気が止まった気がした。

 

 やさしくしたくなる顔、って。
 そんなの、言われたら——
 もう、心臓がもちません……。

 

 

 ほんとうに、不思議な人。
 あったかいのに、ちょっとだけズルくて。
 なのにふいに、ちゃんと見てくれてる気がして。

 

 

 たまたま見つけたカフェ。
 たまたま座ったこの席。
 でも、
 この出会いが“偶然”だったなんて、
 もう思えなくなっていた。