陽向先輩の笑顔がまぶしすぎて、
音楽室を出たあとも、わたしの顔は、ずっと熱かった。
「……も、もう……だめ、だってば……」
思わずつぶやいたのは、誰にでもなくて。
たぶん、自分の心に向けてだった。
だって、
先輩たち、全員やさしすぎる。
近すぎる。
目が合うたびに、胸の奥がキュッてなる。
「……そんなの、慣れてないよ……」
制服の袖をきゅって握る。
でも、心臓の音は全然おとなしくなってくれなかった。
ちょっとだけ、静かな場所に行きたいな。
やわらかくて、誰にも見つからないようなところ。
そんな気持ちに導かれるみたいに、
気づけば足が止まってたのは——図書室の前だった。
開いた扉の奥から流れてきた、
ひんやりした空気と、紙の香り。
本の匂いって、やっぱり、落ち着く。
……なのに。
今日は、どうしてかちょっとだけ緊張してた。
——もう、誰とも出会いたくない。
でも、どこかで……誰かに会いたいって、
そう思ってる自分もいた。
そんなことを考えながら、返却ワゴンに手を伸ばしたときだった。
——カサッ。
「……あっ、ご、ごめんなさいっ」
指先が、誰かと重なった。
びっくりして顔をあげたら、そこにいたのは——
「……大丈夫。どうぞ」
落ち着いた、低い声。
少し眠たげで、でもどこか冷たい空気をまとう男の人。
なのに——すっごく、綺麗だった。
肌は白くて、横顔のラインまで整っていて。
長い指が触れる本のページさえ、静かに見えた。
「……似合いそうだったから。貸してあげる」
そう言って本を差し出す彼の目が、
まっすぐで、静かで……
でも、なぜか“胸の奥”まで見透かされそうで、
わたし、思わず目をそらしてしまった。
「桐ヶ谷 澪。三年。図書委員」
「は、羽瀬川……ねね、です……」
「知ってる」
また……だ。
また名前、呼ばれた。
しかも、自然すぎる声で。
「名前もだけど——
君が本読んでるとこ、前からよく見てた」
「えっ……」
心臓が、きゅって鳴いた。
「騒がしいところ、苦手でしょ。
君、いつも静かな場所、選んでる」
——思い出した。
入学説明会のあと。
人ごみにまぎれたくなくて、ひとりで本を開いてたあの日。
「……どうして、そんなに……」
「君のこと、ちゃんと見てるから」
さらっと言わないでください、そういうの……!
でも、声が静かだからこそ、
その言葉が、まっすぐ心に落ちてきて。
「ねねちゃん」
その呼び方が、あまりに自然で。
まるで、前から知ってたみたいに優しく響いて——
「俺、君のこと、もっと知りたくなった」
心臓が跳ねて、反射的に目を伏せた。
でもすぐ隣で、彼がふっと笑った気配がした。
「図書室って、いいよね。
君の隣なら、ずっと静かでいられそう」
そう言って、澪くんは、
わたしの隣に座って、開いた本を差し出してくれた。
同じページを、一緒に読むみたいに。
ページをめくる手が、ふと触れ合って。
わたしはもう何も読めなかったし、
目を合わせる勇気も出なかった。
「……ふふ」
「……な、なんですか……?」
「目、真っ赤」
「み、見ないでくださいっ……!」
「……見てるけど」
静かな図書室に響いた、
彼の小さな笑い声は、
まるで本のページをなでるみたいに、
やさしくて、甘かった。
——ねえ、なんで。
なんでみんな、私にだけ……
そんな顔、するの。


