「……大丈夫?」

 

 聞き慣れない低めの声が、
 ふわっと耳にふれた瞬間、
 足元がふわりと浮いて、世界がぐるっと傾いた。

 

 ——あれ? わたし、なんで横になってるの……?

 

 うっすら目を開けると、天井。
 知らない場所。
 木の香りと、ほんのり甘いミントの匂い。
 手のひらの下、ふわふわのシーツ。

 

 ここ、どこだろう。夢?……じゃないっぽい。

 

 「無理しなくていいよ。……少し、休んでて」

 

 隣からふわっと光が射した。
 カーテン越しの優しい光が、その人の横顔をなぞる。
 影が、綺麗すぎて、息が止まりそうだった。

 

 

 ……うそ、何この人。めちゃくちゃ……顔がいい……!!

 

 

 いや、ほんとに。
 髪の毛の一筋まで計算されたみたいに綺麗で、
 肌は透けそうなくらい白くて、
 目元はやさしくて、それでいて吸い込まれそうで。
 まつげ……長っ……(語彙力どこ)

 

 「倒れたの、入学式の会場だよね。大丈夫?」

 

 「えっ、あ、はい……?」

 

 思わず返事もワンテンポ遅れる。
 だって、目の前のビジュアルが現実離れしすぎてる。

 

 

 「よかった。君、すごく軽かったから、逆に心配だった」

 

 軽かった……?
 ってことはまさか——

 

 「俺が、抱えてここまで連れてきたの。驚いたよね、ごめんね」

 

 え!? 抱えられた!?!?
 まって待って、わたしまだ恋愛レベル0なんですけど!?(※しかも今、すっぴん)

 

 「名前、聞いてもいい?」

 

 「……羽瀬川……ねねです」
 「ねねちゃん。……かわいい名前」

 

 ……だめだ。
 この人、存在ごと反則すぎる。

 

 なんかもう、
 声も、話し方も、しぐさも、
 全部ふわっとしてて、甘くて、あったかくて……
 でも、あったかいだけじゃなくて、
 どこか“さみしそう”な気配も、ある気がした。

 

 「東雲 律。三年生。保健委員、やってるんだ」

 

 しののめ、りつ——
 ……やば、名前までイケメン。

 

 「ねねちゃん、……笑顔、やわらかくていいね」

 

 「え、えっ……(唐突な攻撃に思考停止)」

 

 「入学前から、気になってたんだ。
  図書室で本読んでたときの君。……覚えてる?」

 

 わたしの頭の中で、
 ふわっと映像がよみがえった。

 

 ——あの日。入学説明会のあと。
 人ごみが苦手で、ひとり図書室にいた。
 誰にも見つからないように、小さな小説をひらいて……。

 

 まさか、そんなところを覚えてる人が、いたなんて。

 

 「なんとなく、目で追っちゃってた」
 「……どうして、ですか」
 「理由なんて、分かんないよ。気づいたら、目が離せなかった」

 

 その言葉といっしょに、
 彼がふっと笑った。

 

 やわらかくて、どこか切ないその表情が、
 春の光みたいで——
 胸の奥が、じんわりと、あったかくなった。

 

 「……ねねちゃん」
 「……はい」
 「また、会えるといいな」

 

 そう言って、
 東雲先輩はカーテンをやさしく揺らして、
 静かに、部屋から出ていった。

 

 

 取り残された私は、まだドキドキしてて、
 でもなんだか、
 おなかの奥のほうが、あったかくて、くすぐったくて。

 

 「……先輩って、どんな人なんだろう」

 

 つぶやいた自分の声が、ちょっとだけ震えてた気がしたのは、
 きっと春のせい。……きっと、気のせい。