「どういうこと?」
「音楽の道で食べていけるのは、本当に一握りの人だけだよ。僕には、そこまでの才能がない」
わたしはまた、前のめりで立ち上がった。
「そんなことない!」
悠誠くんは、目を伏せて首を振る。
「……有名な先生に師事したり、留学したり、そうしてやっとプロとして生きていくような実力をつけるんだ。たとえ、父さんのリストラがなかったとしても、僕の家の財力では難しい」
「そう……なの」
力が抜けて、椅子に崩れ落ちる。
音楽の世界がそんなに厳しいものだとは知らなかった。世界は広くて、ちっぽけなわたしは無知だ。
「趣味としてなら、ってことで話はついていたんだけど、父さんがリストラされてから、僕の音が耳障りだからって、殴られるようになった。楽器だけは守らないといけないし、僕は弾かずにはいられないから……こんなことしてる」
そう言って、悠誠くんは両手を広げて肩をすくめる。
「耳障りなんて……酷いよ。悠誠くんのバイオリンはきれいだった」
悠誠くんはにこり、と笑う。頬にわずかに差した、桃のような赤みが可愛かった。
「ありがとう」
「さっき弾いていた曲は何? 難しそうだった」
悠誠くんは立ち上がってバイオリンを手に取る。
「そうだね。難しい曲だよ。悪魔に魂を売ったと言われるほどの天才、パガニーニが作った、『ラ・カンパネラ』という曲」
わたしは、「ラ・カンパネラ」という曲名に心当たりがあった。
「それって、ピアノの曲じゃない?」
「良く知っているね」
「お母さんの妹さん……わたしから見て叔母さんが趣味でピアノをやっていて、発表会を見に行ったことがあるの。叔母さんは別の曲を弾いていたんだけど、もっと若いお姉さんがその『ラ・カンパネラ』を弾いていた。すごくきれいな曲で、覚えていた」
名前がわからないが、バイオリンを弾くための平面がついた長い棒に、悠誠くんは琥珀色の固形物をこすりつける。
「それは、リストの『ラ・カンパネラ』だね。リストはパガニーニの『ラ・カンパネラ』を聞いて、触発されてピアノ版を作ったと言われているよ」
悠誠くんがこちらを向いて、にこりと笑う。その後ろでは、星の輝きが強くなったように感じた。
「『カンパネラ』とは、イタリア語で『鐘』のことなんだ。パガニーニの鐘が鳴って、リストの鐘がそれに応えるように鳴った。これを弾きたくてバイオリンをやっていたと言っても過言ではないよ」
熱を帯びた語りは、真剣な証拠だった。
「音楽の道で食べていけるのは、本当に一握りの人だけだよ。僕には、そこまでの才能がない」
わたしはまた、前のめりで立ち上がった。
「そんなことない!」
悠誠くんは、目を伏せて首を振る。
「……有名な先生に師事したり、留学したり、そうしてやっとプロとして生きていくような実力をつけるんだ。たとえ、父さんのリストラがなかったとしても、僕の家の財力では難しい」
「そう……なの」
力が抜けて、椅子に崩れ落ちる。
音楽の世界がそんなに厳しいものだとは知らなかった。世界は広くて、ちっぽけなわたしは無知だ。
「趣味としてなら、ってことで話はついていたんだけど、父さんがリストラされてから、僕の音が耳障りだからって、殴られるようになった。楽器だけは守らないといけないし、僕は弾かずにはいられないから……こんなことしてる」
そう言って、悠誠くんは両手を広げて肩をすくめる。
「耳障りなんて……酷いよ。悠誠くんのバイオリンはきれいだった」
悠誠くんはにこり、と笑う。頬にわずかに差した、桃のような赤みが可愛かった。
「ありがとう」
「さっき弾いていた曲は何? 難しそうだった」
悠誠くんは立ち上がってバイオリンを手に取る。
「そうだね。難しい曲だよ。悪魔に魂を売ったと言われるほどの天才、パガニーニが作った、『ラ・カンパネラ』という曲」
わたしは、「ラ・カンパネラ」という曲名に心当たりがあった。
「それって、ピアノの曲じゃない?」
「良く知っているね」
「お母さんの妹さん……わたしから見て叔母さんが趣味でピアノをやっていて、発表会を見に行ったことがあるの。叔母さんは別の曲を弾いていたんだけど、もっと若いお姉さんがその『ラ・カンパネラ』を弾いていた。すごくきれいな曲で、覚えていた」
名前がわからないが、バイオリンを弾くための平面がついた長い棒に、悠誠くんは琥珀色の固形物をこすりつける。
「それは、リストの『ラ・カンパネラ』だね。リストはパガニーニの『ラ・カンパネラ』を聞いて、触発されてピアノ版を作ったと言われているよ」
悠誠くんがこちらを向いて、にこりと笑う。その後ろでは、星の輝きが強くなったように感じた。
「『カンパネラ』とは、イタリア語で『鐘』のことなんだ。パガニーニの鐘が鳴って、リストの鐘がそれに応えるように鳴った。これを弾きたくてバイオリンをやっていたと言っても過言ではないよ」
熱を帯びた語りは、真剣な証拠だった。



