わたしは胸に手を置いて、一呼吸する。
「悠誠くんは三年生だから受験生だよね。どこの高校に行くの?」
 悠誠くんは、困ったように目をさまよわせる。初対面で踏み込んだことを聞きすぎただろうか。ようやく凪が訪れた胸の内にさざ波が起こる。
「……本当は、藤瑶館(とうようかん)高校に行きたいんだけど……」
 藤瑶館高校。この町からは少し遠いが、音楽科がある公立高校だ。
「もしかして、音楽科?」
 悠誠くんは、ぎこちなく頷く。
「僕なんかの実力では難しいかもしれないし……何より……」
 思わず遮ってしまう。
「そんなことない! さっきの演奏、すごかった! わたし、専門的なことはわからないけれど……とにかくすごかった! 悠誠くんの心の内側が表れているようで、青くて、きれいで……って、これはわたしにしかわからないか」
 悠誠くんは気圧された様子でぽかんと口を開け、そしてクスクスと笑い出した。
「ありがとう。でもね、行けないんだ」
 落ち着いた語りに、思わず立ち上がっていたわたしは、ピアノの椅子にすとんと腰をおろす。
「どうして」
「バイオリンを続けるにはお金がかかる。うちは……父さんがリストラされちゃって」
「え……」
 何でもないように透明な声で悠誠くんは話す。一筋の濁りすら感じられない。でも、にじみ出る紺色。これは……。
「悔しい……ね」
「瑠衣ちゃんにはお見通しだね。今の声も色が、ついていた?」
「うん」
 悠誠くんは何かをごまかすように、後頭部を掻く。そして、固まりかけのコンクリートのような笑顔で言った。
「仕方ないんだ。でも、どうしても……諦められなくて……。家で弾くと怒られるから、ここに来て弾いている」
 悠誠くんがこんな時間に、学校でバイオリンを弾いている理由がわかった。
 親の影響で、子の進路は簡単に変えられてしまう。
 わたしは、お父さんもお母さんも東京に本社を置く大きい会社の支社で働いていて、どちらも年収は高いらしい。
 そのおかげで、お兄ちゃんもわたしも私立の中学受験ができたし、塾にも通わせてもらっている。
 それは、確かに両親の願いだ。しかし、その願いが、「良い職についてほしい」「厳しい社会でも生活を安定させられる大人になってほしい」という願いと地続きであることを察せられないほど、わたしも子供ではなかった。
 わたしを「出来損ない」と罵倒することは、とても悲しいが、それは両親からの愛情の裏返しだ。
 それなのに、両親から酷いことを言われたなどと言って、泣き言を言っていたなど、子供っぽすぎて顔が熱くなってきた。
 前提からできないのではない。環境があるのにできないわたしが悪い。わたしは出来損ないだから、もっと努力しないといけないんだ。
「瑠衣ちゃん? ごめんね、重い話をして。でも、父さんのことがなくても、バイオリンは中学まで、って約束だったんだ」
 悠誠くんは天井を仰ぎ見る。