頬に流れた涙の跡が乾く感覚がする。ここは、温かい。
「……わたし、成績悪いの」
悠誠くんは、頷くことで聞いていることを示す。
「今日、塾の模試の結果が返ってきて、わたしの偏差値は五十三」
「偏差値五十三って、そんなに悪くないんじゃない?」
顔を左右にゆっくりと振る。
「わたしは、櫻山女学院を受けないといけないから、全然足りない。櫻山女学院、偏差値七十二だから」
「櫻山女学院か。この辺りの女子校ではトップだね」
「そう。わたし、中学受験に失敗したの」
悠誠くんの顔つきが険しくなった。
「わたしが行きたいんじゃない。両親がそこに行けって。お兄ちゃんは律陵で、すごく優秀なのに、わたしが……わたしの出来が悪いから……毎日家で喧嘩している。お父さんとお母さんのどっちのせいで、わたしの成績が悪いのか、ずっと喧嘩してる」
話している涙声になってくる。自分の声にも色がつく。濁った土色。雨が続いたあとの、川の色。
そこに、澄んだ一滴の雫が落ちる。
「それは酷いね。ずっと否定されているようなものだ。人のご両親を悪く言うのは申し訳ないけれど、いくら冷静じゃない状態でも、言ってはいけないことってあると思う」
わたしは涙をこらえながら、また首を振る。
「違うの。悪いのはわたし。わたしが出来損ないだから、お父さんとお母さんは喧嘩をするし、優しいお兄ちゃんにも迷惑をかけている。わたしが全部悪いの。成績を取れないわたしに価値はなくて、ごみみたいに邪魔なだけ」
悠誠くんは、言葉に困っているようだった。両手の指を複雑に絡ませている。
「今日は模試の結果が悪くて、ずっと家の中で怒鳴り声がしていて……耐えられなくて、家を出たの。でも、わたしに行く宛なんてなくて、星空を見ながら歩いていたら、学校に着いて……。そしたら、きれいな青い音がしたから」
わたしは、バイオリンケースにしまわれた楽器に目を遣る。その楽器は、音楽室のLEDのもと、きらきらと輝いて見えた。
「……つらかったね」
鏡にひびが入ったような声色だった。光によって色を変える、そんな複雑な音。
──つらかったね。
ただ、それだけの、人によっては簡素な、適当な言葉。それでも、わたしには温かい言葉だった。鏡の破片は、アイスクリームのように溶けていった。
「うん……つらかった……」
わたしは、飲み込んでいた鉛を吐き出すように言った。その鉛も、悠誠くんの透明な吐息に包まれて、溶けて消えた。
「……わたし、成績悪いの」
悠誠くんは、頷くことで聞いていることを示す。
「今日、塾の模試の結果が返ってきて、わたしの偏差値は五十三」
「偏差値五十三って、そんなに悪くないんじゃない?」
顔を左右にゆっくりと振る。
「わたしは、櫻山女学院を受けないといけないから、全然足りない。櫻山女学院、偏差値七十二だから」
「櫻山女学院か。この辺りの女子校ではトップだね」
「そう。わたし、中学受験に失敗したの」
悠誠くんの顔つきが険しくなった。
「わたしが行きたいんじゃない。両親がそこに行けって。お兄ちゃんは律陵で、すごく優秀なのに、わたしが……わたしの出来が悪いから……毎日家で喧嘩している。お父さんとお母さんのどっちのせいで、わたしの成績が悪いのか、ずっと喧嘩してる」
話している涙声になってくる。自分の声にも色がつく。濁った土色。雨が続いたあとの、川の色。
そこに、澄んだ一滴の雫が落ちる。
「それは酷いね。ずっと否定されているようなものだ。人のご両親を悪く言うのは申し訳ないけれど、いくら冷静じゃない状態でも、言ってはいけないことってあると思う」
わたしは涙をこらえながら、また首を振る。
「違うの。悪いのはわたし。わたしが出来損ないだから、お父さんとお母さんは喧嘩をするし、優しいお兄ちゃんにも迷惑をかけている。わたしが全部悪いの。成績を取れないわたしに価値はなくて、ごみみたいに邪魔なだけ」
悠誠くんは、言葉に困っているようだった。両手の指を複雑に絡ませている。
「今日は模試の結果が悪くて、ずっと家の中で怒鳴り声がしていて……耐えられなくて、家を出たの。でも、わたしに行く宛なんてなくて、星空を見ながら歩いていたら、学校に着いて……。そしたら、きれいな青い音がしたから」
わたしは、バイオリンケースにしまわれた楽器に目を遣る。その楽器は、音楽室のLEDのもと、きらきらと輝いて見えた。
「……つらかったね」
鏡にひびが入ったような声色だった。光によって色を変える、そんな複雑な音。
──つらかったね。
ただ、それだけの、人によっては簡素な、適当な言葉。それでも、わたしには温かい言葉だった。鏡の破片は、アイスクリームのように溶けていった。
「うん……つらかった……」
わたしは、飲み込んでいた鉛を吐き出すように言った。その鉛も、悠誠くんの透明な吐息に包まれて、溶けて消えた。



