月曜日の朝、わたしは学校を見上げる。音楽室に明かりはついていない。
「瑠衣!」
 後ろからどん、とハグされる。澪だ。
「一昨日はデートできた?」
 いきなり聞かれたくないことを聞かれる。
「うん、できたといえば、できたかな」
「何それ」
 澪は、わたしの体を解放すると、隣に並んで手を引いて走る。
「行こ!」
 詳しく聞かないでおいてくれることが、ありがたかった。

 学校の期末テストが近づいていた。
 わたしは私立の櫻山女学院高校志望なので、学校の内申点は受験に関係ないが、ここで成績を落とすと、両親がうるさい。
 中間テストのときは、中一からのやり直しが間に合わず、点数は伸びなかった。今回は、やり直し後初の学校のテストだ。親からの期待を感じられた。
 今週から、休み時間は勉強に充てると決めていた。わたしは、黙々と勉強をした。
 頭の中に空白を作らないように。
 悠誠くんのことを考える隙間を作らないように。

 放課後、わたしは音楽室へと向かった。音楽の授業以外に、昼に来ることはない。
 テスト前で、普段は放課後に活動している合唱部はお休みのようだ。
 扉に手をかける。鍵がかかっていた。
 悠誠くんは、鍵を突破していたことになる。悠誠くんが持つ違和感が、また一つ増えた。
 扉の前に立ち尽くしていると、隣の音楽準備室から、大場先生が廊下に出てきた。
「あら、何か御用だったかしら」
 大場里香子(りかこ)先生は、三十代後半くらいの音楽科の先生だ。年齢よりも若々しく見え、音楽が苦手な子にも寄り添った指導をしてくれるので、人気が高い。
 いつも悠誠くんに勧められて座っていた音楽室のピアノの椅子は、本来は大場先生の特等席だ。
「二年生の上坂さんよね。どうしたの? 期末テストの質問?」
 わたしはもう、投げやりだった。
「先生」
 大場先生は小首を傾げる。
「雨塚悠誠という生徒を知っていますか」
 大場先生は刹那、呆気にとられた。そして、その顔に驚きが広がっていった。
「何故……その名前を……」
 わたしは、先生に飛びついていた。ジャケットを着た両腕を掴み、必死にすがりつく。
「知っているんですか!? 三年生で、バイオリンがうまくて、藤瑶館の音楽科に進みたかったけれど諦めて廉城を第一志望にしている子です!」
 大場先生は、一歩後退りながら、小さく頷いた。
「在校生ですか!? 在校生ですよね!? 悠誠くんは……生きていますよね!?」
 先生の紺色のジャケットの袖に水滴が落ちて、しみになる。わたしは、また泣いていた。
「……雨塚くんに、会ったの?」
 頷く。
「そう……。上坂さん、準備室に来てくれる?」
 わたしは、呆然と大場先生を見上げていた。