その言葉は、あまりに自然に出てきた。
 今日は暑いね、という世間話のように当たり前のものとしてわたしの唇に乗った。
 それほどに、わたしの心は固まっていた。
 悠誠くんは軽く口を開けている。
「悠誠くんのことが、好きなの」
 もう一度繰り返す。
 不思議なほどに、照れはない。ただ、伝えたかった。
 あの鈍い銀色に押しつぶされそうな夜、救ってくれた青の旋律を奏でる人。優しくて、穏やかで、温かな悠誠くんのことが、愛しい。
 清々しい気持ちで、わたしは心を伝える。
 わたしの今の声は、色が見えない。透明だった。
「ありがとう、瑠衣ちゃん」
 これは承諾ということだろうか。悠誠くんも、わたしと同じ気持ちでいてくれたのか。
 急に体温が上がった気がしてくる。伝えたあとのことを何も考えていなかった。
「でも、ごめん」
 浮かれた気持ちが、氷点下まで落ちた。
 ──ごめん。
 その言葉が意味することは、一つだけ。
 わたしの想いは、通じなかった。
「ごめんね、瑠衣ちゃん。僕は、君を好きになってはいけないんだ」
 好きに、なってはいけない。
 そのよくわからない言い回しに、わたしは困惑する。わたしのことが「好きではない」ではないのだ。「好きになってはいけない」。
 悠誠くんの意図がわからない。無言で悠誠くんを見つめると、悠誠くんは、窓を閉めた。
 花火の音が消える。
「見て」
 悠誠くんが、闇と星空と花火を切り取る窓ガラスを指す。
 ガラスには、悠誠くんが映っていなかった。
「え……」
 どれだけ見ても、ガラスに映るのは椿の浴衣のわたしだけだ。
「どういう……こと……」
 悠誠くんは悲しそうに笑う。その笑顔は、いつもの笑顔とは違う。悠誠くんそのものが消えてしまいそうな笑顔だった。
「僕は、死んでいるんだ。二十三年前に」