「ほら、背筋を伸ばして」
わたしは締め付けられる苦しさを我慢しながら、帯を巻かれていた。季節的には少し早いが、お母さんに浴衣を着付けてもらっている。
濃紺に赤い椿の柄の浴衣に、黄色の帯だ。お母さんは帯を締めながら、きれいに形作っていく。
「髪はどうする?」
「アレンジするには長さが足りないよ。そんなに力を入れなくても大丈夫」
ボブの髪を指で梳きながら、わたしは苦笑する。悠誠くんに可愛いと言ってもらいたい反面、やりすぎてしまうのもこそばゆくて、わたしはお母さんの申し出を断った。
「ちゃんと絆創膏持っていきなさいよ。草履でずれて傷ができるだろうから。帰るときは連絡ちょうだいね」
「わかった」
わたしは、素直に頷く。夜が近づいていた。
花火大会の会場に向かう人波に逆らって、わたしは学校を目指す。カラカラと草履が鳴る。慣れなくて、転びそうになる。浴衣を着崩さないよう、ゆっくりと歩いた。
学校に着くと、音楽室の明かりがついていた。思わず笑みがこぼれる。
裏門から学校に入るのは、一苦労だった。特に、渡り廊下横の窓は高さがあり、浴衣で登るのは難しく、十分ほど格闘して、なんとか入ることができた。
浴衣の合わせや帯を直して、わたしは持参したビニール袋に草履を入れて、手提げに入れる。はだしで廊下を歩く。七時二十分。間に合った。
音楽室に近づくと、バイオリンの音が聞こえる。この曲は知っている。「ユーモレスク」だ。やはり、色は青い。
扉をノックする。青の音が止んだ。
かちゃりと扉が開くと、悠誠くんが「わぁ!」と声を上げた。
「どうしたの! 浴衣!」
悠誠くんの反応が嬉しくて、にやけてしまう。
「ねぇ、悠誠くん。花火、見に行かない?」
「花火?」
「そう、打ち上げ花火」
悠誠くんは、いつもと変わらない詰襟姿だ。そういえば、学校はもう夏服に移行しているはずなのに、悠誠くんは変わらない。まだ詰襟で通っている生徒はいただろうか。かなり目立つように思う。
「そっか。今日は花火大会の日か」
「教室で話題にならなかった? うちの教室では皆、最近は花火大会のことばかりだったよ」
悠誠くんはにこりと微笑むと、「まぁ、入って」と手で促した。わたしははだしのまま、音楽室の絨毯の上に足を乗せる。
「瑠衣ちゃんに良いことを教えてあげる」
後ろ手で扉を締めながら、悠誠くんが口角を上げた。
「ここね、花火大会の穴場」
「え!」
悠誠くんは窓際に寄って、窓を開ける。
「こっちの窓から、遠いけれど花火が見られるんだよ。混雑せずに楽しめる」
わたしは、窓に駆け寄る。生ぬるい風が頬を撫でる。今日は予報通り晴れて、星々が闇に輝いていた。
そのとき、星ではない光が夜空に咲いた。少し遅れて、ドーンという音が響く。
花火が始まったのだ。
「うわぁ! 本当だ! きれいに見える!」
「遠いから小さいけれど、もみくちゃにならずに済むでしょう」
悠誠くんはわたしの左隣で、窓枠に腕をかけて空を見上げている。
「それで浴衣を着ていたんだね」
「えへへ。どうかな」
「可愛いよ。よく似合っている」
ストレートな賛辞に、わたしの顔は真っ赤だろう。花火は、わたしの顔を照らすほど、光が強くない。星明かりでバレてしまわないか、心配になりながら、わたしは花火に目を向ける。
わたしは忘れていなかった。
悠誠くんと花火を見て、悠誠くんにわたしの想いを告げる。今日会えたら、言うつもりだった。
まさか、音楽室から花火を見ることになるとは思わなかったけれど、隣で並んでいられる今が幸せだ。
「きれいだね、花火。晴れて良かった」
悠誠くんが、夜空から目線を変えずに言う。その横顔に、わたしは見惚れた。
「悠誠くん」
悠誠くんがこちらを見る。わたしより少し背の高い。悠誠くんは、目線を下げた。
「わたし、悠誠くんのことが好き」
わたしは締め付けられる苦しさを我慢しながら、帯を巻かれていた。季節的には少し早いが、お母さんに浴衣を着付けてもらっている。
濃紺に赤い椿の柄の浴衣に、黄色の帯だ。お母さんは帯を締めながら、きれいに形作っていく。
「髪はどうする?」
「アレンジするには長さが足りないよ。そんなに力を入れなくても大丈夫」
ボブの髪を指で梳きながら、わたしは苦笑する。悠誠くんに可愛いと言ってもらいたい反面、やりすぎてしまうのもこそばゆくて、わたしはお母さんの申し出を断った。
「ちゃんと絆創膏持っていきなさいよ。草履でずれて傷ができるだろうから。帰るときは連絡ちょうだいね」
「わかった」
わたしは、素直に頷く。夜が近づいていた。
花火大会の会場に向かう人波に逆らって、わたしは学校を目指す。カラカラと草履が鳴る。慣れなくて、転びそうになる。浴衣を着崩さないよう、ゆっくりと歩いた。
学校に着くと、音楽室の明かりがついていた。思わず笑みがこぼれる。
裏門から学校に入るのは、一苦労だった。特に、渡り廊下横の窓は高さがあり、浴衣で登るのは難しく、十分ほど格闘して、なんとか入ることができた。
浴衣の合わせや帯を直して、わたしは持参したビニール袋に草履を入れて、手提げに入れる。はだしで廊下を歩く。七時二十分。間に合った。
音楽室に近づくと、バイオリンの音が聞こえる。この曲は知っている。「ユーモレスク」だ。やはり、色は青い。
扉をノックする。青の音が止んだ。
かちゃりと扉が開くと、悠誠くんが「わぁ!」と声を上げた。
「どうしたの! 浴衣!」
悠誠くんの反応が嬉しくて、にやけてしまう。
「ねぇ、悠誠くん。花火、見に行かない?」
「花火?」
「そう、打ち上げ花火」
悠誠くんは、いつもと変わらない詰襟姿だ。そういえば、学校はもう夏服に移行しているはずなのに、悠誠くんは変わらない。まだ詰襟で通っている生徒はいただろうか。かなり目立つように思う。
「そっか。今日は花火大会の日か」
「教室で話題にならなかった? うちの教室では皆、最近は花火大会のことばかりだったよ」
悠誠くんはにこりと微笑むと、「まぁ、入って」と手で促した。わたしははだしのまま、音楽室の絨毯の上に足を乗せる。
「瑠衣ちゃんに良いことを教えてあげる」
後ろ手で扉を締めながら、悠誠くんが口角を上げた。
「ここね、花火大会の穴場」
「え!」
悠誠くんは窓際に寄って、窓を開ける。
「こっちの窓から、遠いけれど花火が見られるんだよ。混雑せずに楽しめる」
わたしは、窓に駆け寄る。生ぬるい風が頬を撫でる。今日は予報通り晴れて、星々が闇に輝いていた。
そのとき、星ではない光が夜空に咲いた。少し遅れて、ドーンという音が響く。
花火が始まったのだ。
「うわぁ! 本当だ! きれいに見える!」
「遠いから小さいけれど、もみくちゃにならずに済むでしょう」
悠誠くんはわたしの左隣で、窓枠に腕をかけて空を見上げている。
「それで浴衣を着ていたんだね」
「えへへ。どうかな」
「可愛いよ。よく似合っている」
ストレートな賛辞に、わたしの顔は真っ赤だろう。花火は、わたしの顔を照らすほど、光が強くない。星明かりでバレてしまわないか、心配になりながら、わたしは花火に目を向ける。
わたしは忘れていなかった。
悠誠くんと花火を見て、悠誠くんにわたしの想いを告げる。今日会えたら、言うつもりだった。
まさか、音楽室から花火を見ることになるとは思わなかったけれど、隣で並んでいられる今が幸せだ。
「きれいだね、花火。晴れて良かった」
悠誠くんが、夜空から目線を変えずに言う。その横顔に、わたしは見惚れた。
「悠誠くん」
悠誠くんがこちらを見る。わたしより少し背の高い。悠誠くんは、目線を下げた。
「わたし、悠誠くんのことが好き」



