講義が終わり、生徒たちが弛緩した空気を出しながら、けだるそうに歩く。塾の講義は疲れる。解放されると、ほっとする気持ちはよくわかる。
講義室を出て、フリースペースに行くと、翔太郎が腕を組んで立っていた。階段のわたしに気がつくと、手を振った。
何の用だろうか。
わたしは警戒しながらも、手を振り返した。
翔太郎は自転車を手で引きながら、わたしの隣を歩く。車道を走るヘッドライトが眩しい。
わたしも翔太郎も無言だった。呼び出された理由がわからない。
「ねぇ、翔太郎」
「何だ」
何だ、はこっちの台詞だ。何なのだろう、この間は。居心地が悪くて仕方がない。
「……この間の模試、翔太郎はどうだったの」
「廉城に受かるには問題ないくらいだ。俺は学校の教師に目をつけられているから、内申の方が心配だな」
翔太郎は、悪いやつではない。しかし、反抗期もあるのだろうか。わたしをからかっていたように、クラスメイトの男子をいじりすぎて、教師に見咎められたことがある。
翔太郎は悪気はなかったが、傷つけてしまったことに気づき、真摯に謝った。そのいじられた男子が本当に許したかはわからないし、そのことは翔太郎が背負っていく罪だ。わたしは、翔太郎のことを擁護することはしない。
それ以来、翔太郎は教師に目をつけられているようだ。以降、特に問題行動は起こしていないが、その事件が内申にどう影響するかはわからない。
「人に意地悪するからだよ」
「反省してるよ」
「その割にわたしのことをいじるじゃん」
わたしは唇をとがらせる。
最近は少なくなったが、以前は成績の上がらないわたしをからかっていた。わたしは翔太郎の性格を知っているので本気で傷つくことはないが、不愉快ではあった。
「悪かった」
翔太郎が歩みを止めた。三歩進んだところで、わたしは翔太郎が止まったことに気づき、振り返る。
「悪かったと思っている」
ヘッドライトに照らされた翔太郎の顔は、真剣そのものだった。
「翔太郎」
「ごめん」
繰り返し謝る翔太郎に、わたしは小走りで駆け寄る。
「どうしたの。らしくないよ。それに、最近はお世話になることも多いしね」
翔太郎は、目を伏せてわたしのほうを見ない。どうしたのだろうか。
「人をいじるのをやめようと思っているのに、瑠衣だから、ついそうしてしまう。瑠衣は付き合いが長いし……」
「うん。わかってる。だからわたし、大丈夫だよ」
「そうじゃなくて」
翔太郎は、大きく呼吸をしてから、わたしのことをまっすぐに見た。
「好きだ」
その直後、不安定な音程でクラクションが鳴る。閃光のような紫色が見えた。その言葉が、嘘かのように。
「え……」
「瑠衣が、好きだ」
聞き間違いではなかった。
だが、わたしはすぐにその意図を汲み取り、声を上げて笑った。
「ちょっと翔太郎、それは冗談でも許されないやつだよ! わたしでも怒るからね。何? 罰ゲームとか?」
翔太郎は、硬い表情を崩さない。星も月も見えない暗い夜でもわかるほどに、耳が真っ赤だった。
「違う。冗談なんかじゃない」
「だって……」
「俺は、瑠衣のことが好きだ」
講義室を出て、フリースペースに行くと、翔太郎が腕を組んで立っていた。階段のわたしに気がつくと、手を振った。
何の用だろうか。
わたしは警戒しながらも、手を振り返した。
翔太郎は自転車を手で引きながら、わたしの隣を歩く。車道を走るヘッドライトが眩しい。
わたしも翔太郎も無言だった。呼び出された理由がわからない。
「ねぇ、翔太郎」
「何だ」
何だ、はこっちの台詞だ。何なのだろう、この間は。居心地が悪くて仕方がない。
「……この間の模試、翔太郎はどうだったの」
「廉城に受かるには問題ないくらいだ。俺は学校の教師に目をつけられているから、内申の方が心配だな」
翔太郎は、悪いやつではない。しかし、反抗期もあるのだろうか。わたしをからかっていたように、クラスメイトの男子をいじりすぎて、教師に見咎められたことがある。
翔太郎は悪気はなかったが、傷つけてしまったことに気づき、真摯に謝った。そのいじられた男子が本当に許したかはわからないし、そのことは翔太郎が背負っていく罪だ。わたしは、翔太郎のことを擁護することはしない。
それ以来、翔太郎は教師に目をつけられているようだ。以降、特に問題行動は起こしていないが、その事件が内申にどう影響するかはわからない。
「人に意地悪するからだよ」
「反省してるよ」
「その割にわたしのことをいじるじゃん」
わたしは唇をとがらせる。
最近は少なくなったが、以前は成績の上がらないわたしをからかっていた。わたしは翔太郎の性格を知っているので本気で傷つくことはないが、不愉快ではあった。
「悪かった」
翔太郎が歩みを止めた。三歩進んだところで、わたしは翔太郎が止まったことに気づき、振り返る。
「悪かったと思っている」
ヘッドライトに照らされた翔太郎の顔は、真剣そのものだった。
「翔太郎」
「ごめん」
繰り返し謝る翔太郎に、わたしは小走りで駆け寄る。
「どうしたの。らしくないよ。それに、最近はお世話になることも多いしね」
翔太郎は、目を伏せてわたしのほうを見ない。どうしたのだろうか。
「人をいじるのをやめようと思っているのに、瑠衣だから、ついそうしてしまう。瑠衣は付き合いが長いし……」
「うん。わかってる。だからわたし、大丈夫だよ」
「そうじゃなくて」
翔太郎は、大きく呼吸をしてから、わたしのことをまっすぐに見た。
「好きだ」
その直後、不安定な音程でクラクションが鳴る。閃光のような紫色が見えた。その言葉が、嘘かのように。
「え……」
「瑠衣が、好きだ」
聞き間違いではなかった。
だが、わたしはすぐにその意図を汲み取り、声を上げて笑った。
「ちょっと翔太郎、それは冗談でも許されないやつだよ! わたしでも怒るからね。何? 罰ゲームとか?」
翔太郎は、硬い表情を崩さない。星も月も見えない暗い夜でもわかるほどに、耳が真っ赤だった。
「違う。冗談なんかじゃない」
「だって……」
「俺は、瑠衣のことが好きだ」



