わたしは、出来損ないだ。
 優秀なお兄ちゃんと違って、中学受験に失敗した。公立中学に入ってからも、成績はぱっとしない。
 ずっと、お父さんとお母さんに言われてきた。
「出来損ない」
「瑠衣は何もできない」
「うちの子供とは思えない」
 わたしは、声を上げたかった。
 悲しいよ。
 つらいよ。
 酷いよ。
 でも、わたしは、それを言う資格がなかった。
 何故なら、結果を出していなかったから。
 うちでは、点数という結果しか評価されない。
 それは、正しいことなのだろうか。

 ぼんやりと、塾の講義が始まる前の時間に自習室で外を見ていた。今日はどんよりと曇っている。もうすぐ、梅雨がやってくる。
 わたしは、どうするべきなのだろう。
 悠誠くんは、親と話し合うことを勧めてくれた。進路について、たくさん親と話してきことが想像できるからこそ、悠誠くんの言葉には説得力がある。
 タブレット端末を前に、机に突っ伏す。
 まったく集中できなくて、わたしは手荷物をまとめる。自習室を出て、塾のフリースペースでジュースを飲むことにした。
 自動販売機でソーダを買う。
 ペットボトルのキャップをひねると、プシッという気持ち良い音とともに、細かい泡が浮き上がってくる。口をつけると、甘みと弾ける刺激で口の中が満たされた。
 フリースペースのチェアには、ラッキーなことに空きがあった。そこでちまちまとソーダを飲みながら、英単語帳を眺めていると、英単語帳に影がかかった。
「眺めてるだけじゃ覚えられないぞ」
 見上げると、翔太郎が立っていた。
「一つ上のクラスに上がれたんだってな。おめでとう」
 翔太郎は、断りもなしにわたしの対面に座る。
 翔太郎の言うとおり、先日の模試の結果を受けて、わたしは塾の講義クラスが上がった。
「まだ、櫻山女学院のクラスには入れないけどね」
「そうか」
 翔太郎には、あれから何度か勉強を教わった。年号の覚え方のコツや、理科の考え方など、模試でもとても役に立った。模試の結果が良くなったのは、翔太郎のおかげでもある。
「翔太郎に教わったのも大きいよ。ありがとう」
「お前は卑屈すぎるんだよ」
 脈絡のない指摘に戸惑う。
「いきなりどうしたの」
「どうせおばさんから家でも『出来損ない』って言われてるんだろう。お前、自分ができないって思い込んでるんだよ。そりゃ、そんな思い込みがあったらできねぇよ」
 翔太郎とは保育園の頃からの幼馴染で、お母さんどうしが仲が良い。うちのお母さんは、翔太郎のお母さんの前でも「瑠衣は出来損ないで恥ずかしくて」と何度も言っている。そのたびに、わたしの心は凍る。
「わたしが出来損ないなのは事実だもん」
 わたしは、ふい、と顔をそむける。スポーツもできて、勉強もできる翔太郎にはわからない。
「すねるなよ。でも、勉強のやり方を変えたらちゃんと点数が上がったじゃねぇか」
「それでも櫻山女学院には届かない」
「櫻山女学院の水準に余裕で届くやつなんて一握りだろ。逃げるなよ」
 カッとなる。逃げる? わたしが?
「逃げるって何? 確かに翔太郎にはお世話になったけど、わたし、頑張ったんだよ。櫻山女学院に届かなくても頑張って結果を出したのに、逃げるなんて言わないでよ」
「話をすり替えるな」
 翔太郎の低い声に制圧される。のどの奥がぐぅと鳴った。
「俺はお前が勉強から逃げているなんて一言も言っていないだろう。お前が逃げているのは、自分の本心に向き合うことからだ。『自分は出来損ないだから仕方ない』って、予防線を引いておけば傷つかずにすむもんな」
 翔太郎の言うとおりだ。あまりにわたしのことを見透かしてくるから、わたしは苦しくなって立ち上がる。
「翔太郎にはわからないよ。わたしは弱いもの」
 翔太郎が、わたしの手首をつかんだ。
「今日、帰り、一緒に帰れるか? 和嶋は休みだろう?」
 澪は今日、夏風邪で学校も休んでいた。当然、塾にも来ていない。
「なんで翔太郎と一緒に帰らないといけないの」
「良いから」
 有無を言わさないその瞳に、わたしは負けた。