一週間後、わたしはまた家を抜け出した。
「悠誠くん」
「いらっしゃい」
今夜も悠誠くんに迎え入れられる。定位置になった、ピアノの椅子に座る。
「見て」
わたしはタブレット端末を取り出した。
「これは……?」
「一週間前、気合入れてもらったでしょう? その結果」
悠誠くんは、慣れないかのように、恐る恐るタブレットを受け取る。勉強はアナログ派なのだろうか。
「これ、どう見れば良いの?」
「え! タブレット使ったことないの?」
そう言ってから思い直す。そんなはずはなかった。この園尾中学でも、タブレット端末を使った授業はある。軽く頭を振ってから続ける。
「いやいや、あるよね。普通に指でスクロールするだけだよ」
「スクロール……」
悠誠くんは、こわごわとタブレット端末に触れる。バイオリンをダイナミックに弾きこなしている人と同一人物とは思えない。
「あ、こうか」
悠誠くんの指がタブレット端末の画面を滑る。
「え、すごい」
その言葉に、わたしはにやけが止まらなかった。
「公立模試だから、櫻山女学院の問題よりも簡単なんだけどね」
わたしもタブレット端末を覗き込む。そこには、わたしの点数と偏差値一覧が載っていた。
総合偏差値、六十二。前回から、九ポイントのステップアップだ。
「すごい! 偏差値がすごく上がってる!」
悠誠くんは、花が咲いたように笑ってくれた。
「やり直し勉強が実を結んだよ」
わたしと悠誠くんは、片手でハイタッチした。
「瑠衣ちゃんが頑張った成果だよ!」
「まだ受験まで長いし、櫻山女学院のレベルには達していないから気は抜けないけれど、すごく嬉しい」
悠誠くんが、ふと真顔になる。
「ねぇ、瑠衣ちゃん」
「ん?」
「瑠衣ちゃんは、本当に櫻山女学院に行きたいの?」
「え……」
虚を突かれる。
「ここまで頑張ったのって、藤瑶館の学校説明会に行ったことも理由の一つなんだよね。……藤瑶館に行きたいのかと思っていた」
わたしはうつむいて、黙り込む。
心の奥底で考えていたことだ。
藤瑶館に行きたい。
でも、それはきっと両親が許さない。わたしに、両親と闘う勇気があるだろうか。
「親御さんのこと?」
悠誠くんはわかっている。その問いに頷いた。
「親の期待に応えたいって想いはある。でも、わたしはわたしの選んだ道を進みたい気持ちもある。迷っているの。すごく」
まとまらない言葉で、本音を吐き出す。
「……難しいよね。僕も進みたい学校には行けないし、妥協が必要なときもあるかもしれない」
「うん」
「でも、何も言わずに諦めるのは、もったいないんじゃないかな」
その言葉を復唱する。
「もったいない……」
「瑠衣ちゃんがここまで頑張れる力をくれた学校なんだよね。僕も実は藤瑶館の学校説明会に二年生の頃に行ったことがあるんだ」
意外な事実に声が高くなる。
「そうなの?」
「本来の志望校だから」
寂しそうに笑う悠誠くんは、見ていて痛々しい。こんなにもやりたいことがあるのに、その力も持っているのに、道を許されないなんて。
「だからね」
悠誠くんが続ける。
「見たことがあるけど、良い学校だと思う。一度、瑠衣ちゃんの気持ちを親御さんに話してみても良いんじゃない?」
押しつけることなく、わたしのために言ってくれている。クリアな言葉が届く。
「……そうだね」
わたしは、窓の外を見上げた。
「悠誠くん」
「いらっしゃい」
今夜も悠誠くんに迎え入れられる。定位置になった、ピアノの椅子に座る。
「見て」
わたしはタブレット端末を取り出した。
「これは……?」
「一週間前、気合入れてもらったでしょう? その結果」
悠誠くんは、慣れないかのように、恐る恐るタブレットを受け取る。勉強はアナログ派なのだろうか。
「これ、どう見れば良いの?」
「え! タブレット使ったことないの?」
そう言ってから思い直す。そんなはずはなかった。この園尾中学でも、タブレット端末を使った授業はある。軽く頭を振ってから続ける。
「いやいや、あるよね。普通に指でスクロールするだけだよ」
「スクロール……」
悠誠くんは、こわごわとタブレット端末に触れる。バイオリンをダイナミックに弾きこなしている人と同一人物とは思えない。
「あ、こうか」
悠誠くんの指がタブレット端末の画面を滑る。
「え、すごい」
その言葉に、わたしはにやけが止まらなかった。
「公立模試だから、櫻山女学院の問題よりも簡単なんだけどね」
わたしもタブレット端末を覗き込む。そこには、わたしの点数と偏差値一覧が載っていた。
総合偏差値、六十二。前回から、九ポイントのステップアップだ。
「すごい! 偏差値がすごく上がってる!」
悠誠くんは、花が咲いたように笑ってくれた。
「やり直し勉強が実を結んだよ」
わたしと悠誠くんは、片手でハイタッチした。
「瑠衣ちゃんが頑張った成果だよ!」
「まだ受験まで長いし、櫻山女学院のレベルには達していないから気は抜けないけれど、すごく嬉しい」
悠誠くんが、ふと真顔になる。
「ねぇ、瑠衣ちゃん」
「ん?」
「瑠衣ちゃんは、本当に櫻山女学院に行きたいの?」
「え……」
虚を突かれる。
「ここまで頑張ったのって、藤瑶館の学校説明会に行ったことも理由の一つなんだよね。……藤瑶館に行きたいのかと思っていた」
わたしはうつむいて、黙り込む。
心の奥底で考えていたことだ。
藤瑶館に行きたい。
でも、それはきっと両親が許さない。わたしに、両親と闘う勇気があるだろうか。
「親御さんのこと?」
悠誠くんはわかっている。その問いに頷いた。
「親の期待に応えたいって想いはある。でも、わたしはわたしの選んだ道を進みたい気持ちもある。迷っているの。すごく」
まとまらない言葉で、本音を吐き出す。
「……難しいよね。僕も進みたい学校には行けないし、妥協が必要なときもあるかもしれない」
「うん」
「でも、何も言わずに諦めるのは、もったいないんじゃないかな」
その言葉を復唱する。
「もったいない……」
「瑠衣ちゃんがここまで頑張れる力をくれた学校なんだよね。僕も実は藤瑶館の学校説明会に二年生の頃に行ったことがあるんだ」
意外な事実に声が高くなる。
「そうなの?」
「本来の志望校だから」
寂しそうに笑う悠誠くんは、見ていて痛々しい。こんなにもやりたいことがあるのに、その力も持っているのに、道を許されないなんて。
「だからね」
悠誠くんが続ける。
「見たことがあるけど、良い学校だと思う。一度、瑠衣ちゃんの気持ちを親御さんに話してみても良いんじゃない?」
押しつけることなく、わたしのために言ってくれている。クリアな言葉が届く。
「……そうだね」
わたしは、窓の外を見上げた。



