ピアノで調弦をすると、悠誠くんはバイオリンを構える。
 呼吸音のあとに、わたしは青の世界へとダイブした。
 跳ねる音。ああ、悠誠くんのバイオリンだ。白椛さんのバイオリンも素敵だったけれど、わたしは悠誠くんのバイオリンが好きだ。
 この青にくるまれたかった。ひんやりと冷たいようで、温かみのある不思議な感覚。悠誠くんを中心に、海のように青の波が押し寄せる。
 ドキドキする。でも、それは不快なものでは決してない。
 三週間ぶりの悠誠くんの「ラ・カンパネラ」は格別だった。

 弾き終えた悠誠くんは、細く長く息を吐く。
「どう?」
 わたしは渾身の力をこめて拍手した。
「相変わらず最高だった。頑張って良かったなぁ」
「その言葉は勉強で結果を出したときに取っておかないと」
 悠誠くんは苦笑する。
「うん。だから、明日頑張れそう」
「ん?」
 悠誠くんは、バイオリンケースに楽器をしまい、音楽室の椅子に座る。
「明日、塾の地域模試なんだ。だから、今日、悠誠くんに会って、気合入れたかった」
「気合って」
 悠誠くんが笑う。
「そうなんだ。頑張って」
 事実として他人事なのだが、受験生なのに模試を他人事のように言う悠誠くんに疑問がわいて、そのままにぶつけた。
「悠誠くんは、受験勉強、大丈夫なの?」
 悠誠くんは誤魔化すように、窓の外の星空に目線を移す。
「うん。僕のことは気にしないで。どうにかなってる」
「そっか……」
 受験生にとって、受験勉強の話はセンシティブだろう。特に、悠誠くんはご家庭が大変な状態だ。あまり踏み込まないことにした。
「とにかく、瑠衣ちゃんは明日の模試に備えて。もうこんなに遅い時間だ。早く帰って寝ないと」
 わたしは素直に頷いた。
「うん。ありがとう、悠誠くん。『ラ・カンパネラ』、本当に素敵だった」
 悠誠くんの笑顔に見送られて、わたしは音楽室をあとにした。

 翌日、五科目の模試を受けた。