白椛さんと呼ばれたバイオリニストの後ろには、立派なグランドピアノが置かれ、黒く光っている。伴奏がつくようだ。
 吸い込む息がその場を支配した。
 続けて奏でられるのは、弾丸のような技巧曲。
「すご……」
 隣で澪が呟く。逆隣に座る翔太郎も、音楽に没頭しているようだ。
 わたしは、白椛さんを見る。
 見えたのは、白に近い金色だった。そして変化がある。赤や紫などの色が弾ける。悠誠くんの「ラ・カンパネラ」の色が星明かりなら、白椛さんの演奏の色は冬の夜のイルミネーションのように華やかで、心躍る光。
 音が跳ねる。弦が響く。
 詳しくはないが、天才パガニーニの作曲だと悠誠くんに教わった。白椛さんの演奏からは、その天性を見せつけるような迫力を感じる。
 悠誠くんの演奏が劣っているわけでもないし、白椛さんの演奏に違和感があるわけでもない。
 どちらが良い、悪いというものではない。
 しかし、悠誠くんの演奏と、白椛さんの演奏は、まったく違うものだった。
 わかったことは、「ラ・カンパネラ」は青の曲であるというわけではない。おそらく、悠誠くんが弾くから青になるのだ。
 白椛さんの弓が大きく弧を描いた。講堂中にその響きを拡散させるように、胸を反らし、手を伸ばす。音とエネルギーは、白椛さんを中心に、波紋のように広がっていく。
 割れんばかりの拍手が起きた。
 わたしもてのひらが痛くなるほどに大きく拍手する。
「すごい! 音楽科ってすごいね。あんなに難しい曲を弾けるなんて」
 澪がわたしに話しかける。
「そうだね!」
 顔では笑いながら、内心、悠誠くんは中三でも弾ける、と思う。
 つくづく、悠誠くんが音楽の道に進めないことが悔しい。わたしが悔しいのだから、本人はもっと悔しいのだろう。
 今の演奏と悠誠くんの演奏、どちらが音楽的に優れているのか、素人のわたしにはわからない。それでも、この難しい曲を弾き、わたしを惹きつけてやまない青の音楽を奏でる悠誠くんが、評価の場にすら立てないことは、胸が締め付けられる想いだった。
 逆隣の翔太郎も大きく拍手をしている。
「一芸に秀でるっていうのもすごいよな。努力したんだろうな」
 素直に言う様は、いつもの意地悪な翔太郎からは想像できない。思わず顔をじっと見てしまって「何だよ」と言われた。
 次の演奏が始まる。ピアノが動かされているので、次はピアノ曲のようだ。
 わたしは、パイプ椅子をぎしりと鳴らして、座りなおした。