昨日は、そんなやり取りがあったせいか、寝落ちをしてしまって、夜の学校に行けなかった。
 悠誠くんに会いたい。
 土日は、お父さんとお母さんの仕事が休みだし、休みの日は気が緩むのか、喧嘩の頻度も減るから、家を抜け出すのが難しい。
 悠誠くんは土日も夜の音楽室にいるのだろうか。
 受験生なのにそんなことをしていて良いのだろうかとも思うのだが、あのしっかり者の悠誠くんが勉強を疎かにしているとも思えず、両立しているのだろうと思うことにしている。
 そんなことを考えていると、講堂のステージにライトが輝いた。
 立っていたのは、赤のロングドレス姿の女性だ。生徒の演奏と聞いているから、あの人は藤瑶館の音楽科の生徒、つまりまだ高校生のはずだ。
 わたしと数年しか歳が違わないのに、その大人っぽさに胸が高鳴る。ツヤツヤとした黒髪は、きれいにアップされていて、細身のドレスは体の線をいやらしくなく、きれいに見せていた。
 わたしもこんな高校生になれるのだろうか。
 急に自分がちんちくりんになった気がする。飾り気のないボブの黒髪に、何の化粧もしていない顔。
 ちらりと横を盗み見ると、整った肌の上にうっすらと化粧をしている澪がいる。
 悠誠くんも、わたしと一歳違いなのに、とても大人だ。
 わたしだけが子供のようで、急に恥ずかしくなってきてしまう。わたしは、大人になれるのだろうか。
「藤瑶館高校音楽科三年生、白椛(しらかば)沙織(さおり)
 アナウンスされた名前すら美しい。曲目は……。
「ラ・カンパネラ」
 目を見開いた。「ラ・カンパネラ」。バイオリン曲では、悠誠くん以外の演奏を生で聴くのは初めてだ。
 何色に見えるのだろう。この人も、青なのだろうか。
 わたしは、いつの間にか身を乗り出していた。