広い講堂にパイプ椅子がずらりと並べられている。
「ね、ドキドキするね」
 隣に座った澪が耳打ちする。
 わたしは、園尾中学のセーラー服を着て、藤瑶館高校の講堂に座っていた。これから、音楽科バイオリニストのソロが行われる。
 吐息の音だけが聞こえる。弦みたいに引き締まった空気が、この講堂全体を覆っていた。

 昨日の塾でのことだった。
 塾の講義が終わって、澪と合流する。
「澪。わたし、明日、藤瑶館高校の学校説明会に行ってこようと思って」
 澪はわたしの背中をバシバシ叩いた。
「良いじゃん! わたし、良い仕事したでしょ?」
「うん。ありがとう」
「せっかくだから、わたしも行こうかな」
「え?」
 ありがとう、で終えたつもりが、澪の軽やかな思いつきに驚く。
「だってさ、音楽科のある高校って、見てみたくない?」
「でも、澪は廉城志望じゃ……」
「学校説明会に言ったから、必ず受験しないといけないわけでもないでしょう?」
 お兄ちゃんと同じことを言っている。そう言われるとわたしは否定できないし、何より澪が一緒についてきてくれるなら、心強い。
「澪が一緒に行ってくれるなら、嬉しい」
「決まり! 確か申し込みは要らなかったよね。制服だっけ」
「俺も連れてってくれよ」
 階段の上から、低い声が落ちてきた。ねっとりとした揶揄を多分に含んだその言葉を落としたのは、翔太郎だ。
「なんであんたが行くのよ」
 澪が噛み付く。
「今、和嶋が言った通りだろう。俺だって興味があるだけだよ」
「それなら勝手に行けば? わたしたちと一緒に来なくて良いよ」
 翔太郎が階段をドンドンと降りてくる。体の大きい翔太郎を塾生たちが避けていく。
「そんなこと言うなよ。幼馴染なのに。なぁ、瑠衣」
 澪がこちらを見ている。
 申し訳ないが、わたしに翔太郎を断るだけの勇気と力はなかった。