曲が終わる。途端に、LEDが眩しくなったように感じる。
「どう? 難しい曲ではないけれど、僕、好きなんだ」
「すごく癒やされたよ」
ピアノの椅子の背もたれに身を預けて、ぼんやりとしながら、深呼吸する。
温かいお湯の中にいるような気持ち良さが抜けない。
「こういう曲も良いね」
「やっぱり、青なの?」
悠誠くんが問う。
「うん。青だった。たぶん昔どこかで聞いたことのある曲で、そのときは違う色だった気がするんだけど……演奏者によって変わることは、わたしはけっこうあるかな」
「感覚的なことだから、正解はないものね」
悠誠くんの言葉に、わたしは納得する。わたしは、いつも正答がある問題に追いかけ回されている。ここでは、その必要はない。わたしが感じるままに、悠誠くんの音楽を感じられる。それだけが正解なのだ。
「塾の小テストが悪くてね。お母さんに自分の子と思えないって言われちゃった」
くったりと背もたれに体重を預けながら、わたしは言う。
「……そうか。僕も良くあったな」
「え、悠誠くんが」
意外な気がして姿勢をただす。
「うん。こんなバイオリンバカ、誰の血だって」
思わず吹き出してしまった。「バイオリンバカ」。
「それは愛じゃん」
「そうかもしれないけれど、親としてはもっと勉強に身を入れてほしかったんだろうね。僕も中学受験に失敗しているんだ」
思わぬ告白にわたしはぽかんと口を開ける。
「瑠衣ちゃんのお兄さんが通っている律陵に落ちたんだ」
悠誠くんの落ち着いた口ぶりから、きっと成績はとても良いのだと思っていた。もちろん、律陵は超がつく難関だし、受験は運もある。
それでも、この取り立ててなんらかの実績を持つわけでもない普通の公立中である園尾中学の生徒であることに違和感があった。
「律陵は高校からの入学はできないしね……。廉城を目指すように、親に言われたよ」
「廉城……」
公立では最難関校。澪や翔太郎の志望校だ。
「本当は、藤瑶館の音楽科に行きたかったのは既に話したとおりだけど、それはもとから認められていなかったからね。廉城には、公立の普通科の高校には珍しくオーケストラ部があるんだ。まぁ、藤瑶館にもオーケストラ部はもちろんあるんだけど」
やはり悠誠くんは頭が良いのだ。部活目当てで最難関の廉城を目指すなんて、わたしとは次元が違う。
「悠誠くんは優秀なんだね」
自分の声に纏わせた棘に気づいて、自己嫌悪に陥る。わたしの成績はわたしの問題で、誰かと比較しても何も解決しないのに、わたしは優しい悠誠くんに甘えている。
「でも、僕も本当に行きたい学校じゃないしね。廉城も良い高校だと思うけれど、こうしてバイオリンを弾いて現実逃避している」
情けないね、と笑う悠誠くんは寂しそうだ。
「やりたいこと……。行きたい学校……」
反芻する。ぐるぐると回る思考の先端は、「藤瑶館」という名前に集約されていった。
「どう? 難しい曲ではないけれど、僕、好きなんだ」
「すごく癒やされたよ」
ピアノの椅子の背もたれに身を預けて、ぼんやりとしながら、深呼吸する。
温かいお湯の中にいるような気持ち良さが抜けない。
「こういう曲も良いね」
「やっぱり、青なの?」
悠誠くんが問う。
「うん。青だった。たぶん昔どこかで聞いたことのある曲で、そのときは違う色だった気がするんだけど……演奏者によって変わることは、わたしはけっこうあるかな」
「感覚的なことだから、正解はないものね」
悠誠くんの言葉に、わたしは納得する。わたしは、いつも正答がある問題に追いかけ回されている。ここでは、その必要はない。わたしが感じるままに、悠誠くんの音楽を感じられる。それだけが正解なのだ。
「塾の小テストが悪くてね。お母さんに自分の子と思えないって言われちゃった」
くったりと背もたれに体重を預けながら、わたしは言う。
「……そうか。僕も良くあったな」
「え、悠誠くんが」
意外な気がして姿勢をただす。
「うん。こんなバイオリンバカ、誰の血だって」
思わず吹き出してしまった。「バイオリンバカ」。
「それは愛じゃん」
「そうかもしれないけれど、親としてはもっと勉強に身を入れてほしかったんだろうね。僕も中学受験に失敗しているんだ」
思わぬ告白にわたしはぽかんと口を開ける。
「瑠衣ちゃんのお兄さんが通っている律陵に落ちたんだ」
悠誠くんの落ち着いた口ぶりから、きっと成績はとても良いのだと思っていた。もちろん、律陵は超がつく難関だし、受験は運もある。
それでも、この取り立ててなんらかの実績を持つわけでもない普通の公立中である園尾中学の生徒であることに違和感があった。
「律陵は高校からの入学はできないしね……。廉城を目指すように、親に言われたよ」
「廉城……」
公立では最難関校。澪や翔太郎の志望校だ。
「本当は、藤瑶館の音楽科に行きたかったのは既に話したとおりだけど、それはもとから認められていなかったからね。廉城には、公立の普通科の高校には珍しくオーケストラ部があるんだ。まぁ、藤瑶館にもオーケストラ部はもちろんあるんだけど」
やはり悠誠くんは頭が良いのだ。部活目当てで最難関の廉城を目指すなんて、わたしとは次元が違う。
「悠誠くんは優秀なんだね」
自分の声に纏わせた棘に気づいて、自己嫌悪に陥る。わたしの成績はわたしの問題で、誰かと比較しても何も解決しないのに、わたしは優しい悠誠くんに甘えている。
「でも、僕も本当に行きたい学校じゃないしね。廉城も良い高校だと思うけれど、こうしてバイオリンを弾いて現実逃避している」
情けないね、と笑う悠誠くんは寂しそうだ。
「やりたいこと……。行きたい学校……」
反芻する。ぐるぐると回る思考の先端は、「藤瑶館」という名前に集約されていった。



