生きることは、決して簡単じゃない。
 どんなに手を伸ばしても届かないものがある。
 どんなに願っても、救えないものがある。

 でも、それでも。

 傷ついても、迷っても、また歩き出せるのなら。

 ――それは、きっと。



「なあ、澪翔。お前、本当にいいのか?」

 夕焼けに染まる帰り道で、遥矢が問いかけた。

「……何が?」

「今までみたいに、全部笑ってごまかすの、やめるんだろ?」

 澪翔は立ち止まり、少しだけ空を仰ぐ。

 焼けるようなオレンジ色が、まるで燃え尽きる前の灯火みたいだった。

「……もう、無理して笑うのはやめた」

 小さく息をつく。

「俺はずっと、一人でいるほうが楽だと思ってた。誰とも深く関わらなければ、傷つくこともないって。でも、それじゃあ本当の意味で生きてることにならないんだって……アイツらが教えてくれた」

 アイツら。

 汐音と、紬葵。

 どこかぎこちなくて、不器用で、でもまっすぐに向き合ってくれた二人。

「澪翔」

 背後から呼ばれて、振り返る。

 汐音だった。

 風に揺れる髪。
 少しだけ息を弾ませながら、まっすぐにこちらを見つめている。

「……どうした?」

「……」

 汐音は何かを言いたそうにして、唇を噛んだ。

 迷っているのが分かった。
 
 いつもなら、このまま立ち去る。
 関わり合いを避ける。

 でも。

「……手を、伸ばしてもいい?」

 澪翔の目が、わずかに揺れた。

 汐音が、自分から。

 迷いながらも、恐れながらも。

 それでも。

 ――繋がろうとしている。

 澪翔は、静かに笑った。

「遅ぇよ、バカ」

 言いながら、その手を取る。

 汐音の手は、少しだけ震えていた。



「……バカみたいに泣くなよ、葵」

 澪翔が呆れたように笑う。

「だって……」

 紬葵は、大粒の涙を零しながら言った。

「こんなふうに、誰かと笑い合えるなんて、思ってなかった……」

 昔。

 守れなかったものがある。

 失ったものがある。

 だからこそ、怖かった。

 でも、それでも。

「友達になってくれて、ありがとう」

 涙に滲んだ笑顔。

「……バカ」

 汐音が、小さく呟いた。

 優しい声で。



 この世界は、決して優しくない。
 
 でも。

 それでも、きみに出会えた。

 この絆を、大切にしたいと思った。

 だから。

「……これからも、一緒にいてくれる?」

 澪翔の問いに、汐音と紬葵は。

 何も言わずに、ただ頷いた。

 それが、何よりも確かな答えだった。



 壊れかけの世界で。

 それでも、手を伸ばせば。

 また、繋がることができる。

 そう信じられるなら。

 ――きみに出会えて、よかった。