人と人は、こんなにも簡単に壊れる。
些細なすれ違い、たったひと言の言葉、ほんの少しの沈黙――それだけで、あっけなく。
でも、壊れたものは二度と戻らないわけじゃない。
ひび割れた場所に手を伸ばし、繋ぎ直すことだって、できるかもしれない。
――汐音は、そう信じたかった。
✦
澪翔が、姿を消した。
それは、突然のことだった。
昨日まで、何事もなかったように笑っていた彼が、何も言わずに学校を休み、連絡も取れなくなった。
「……まさか、また逃げるつもり?」
汐音は小さく呟いた。
その声は、自分自身に問いかけるようでもあった。
澪翔は、ずっと笑っていた。
無理をしていた。
それを汐音も紬葵も、薄々気づいていた。
だけど。
彼が本当に限界を迎える前に、手を伸ばすことができなかった。
「……葵、探しに行こう」
汐音の言葉に、紬葵は少し驚いたような顔をした。
「汐音が……自分から、誰かを探しに行くなんて」
「……あの時、澪翔が私に言ったんだ」
汐音は、ぎゅっと拳を握る。
「逃げるなって。だから……今度は、私の番だと思う」
✦
澪翔がいなくなってから、三日が経っていた。
学校に来ていない。
家にもいない。
紬葵と二人で何度も電話をかけたが、応答はなかった。
「……どこに行ったの、澪翔……」
汐音はため息をつきながら、スマホを握りしめる。
「俺なら、心当たりがあるかも」
不意に、後ろから声がした。
「……遥矢?」
振り向くと、そこに立っていたのは、澪翔と昔からの付き合いがあるという少年、遥矢だった。
「澪翔のこと、探してるんだろ?」
「……知ってるの?」
遥矢は、どこか寂しげに微笑んだ。
「アイツ、昔からそういうやつだから」
✦
遥矢に案内されたのは、街の外れにある古びた公園だった。
夜の闇が広がる中、ひとりベンチに座る影。
「……澪翔」
その名前を呼ぶと、澪翔はゆっくりと顔を上げた。
「……どうして」
「お前が逃げるから、迎えに来たんだよ」
汐音の言葉に、澪翔は一瞬だけ目を見開いた。
そして、力なく笑う。
「逃げる……か」
「違うの?」
澪翔は視線を落とし、少しの間黙り込んだ。
「……怖かったんだよ」
静かな声だった。
「お前らと話してるとさ……俺、本当の自分を見せてもいいのかも、って思っちまう。でも、それって……すげぇ怖いことなんだよ」
「……澪翔」
「俺は、ずっと一人でいるほうが楽だと思ってた。誰とも深く関わらなければ、傷つくこともないって……」
その言葉に、汐音の胸が痛んだ。
(私も、ずっとそうだった)
「でもさ……お前らが優しくするから、余計に怖くなったんだよ」
澪翔は空を仰ぐ。
「こんな俺でも、そばにいていいのかって……」
「いいに決まってるじゃん」
それまで黙っていた紬葵が、強い声で言った。
「何言ってんの? 私たちは、澪翔がいてくれないと困る」
「……なんで?」
「だって……私も汐音も、澪翔と出会って変わったんだよ?」
「変わった……?」
澪翔が呟く。
「……人はさ、簡単に壊れる。でもね、壊れたら終わりなわけじゃないんだよ」
汐音は、静かに言葉を紡ぐ。
「壊れても、また繋ぎ直せる」
その言葉に、澪翔の目が揺れる。
「私たちは、きっと何度でもやり直せる。だから……澪翔、一緒に帰ろう?」
しばらくの沈黙。
そして、澪翔は小さく笑った。
「……お前らには敵わねぇな」
夜の風が吹く。
冷たいはずの風が、少しだけ温かく感じた。
✦
人と人は、すぐに壊れる。
でも。
壊れたものを、また繋ぎ直せることを知った。
それが、「人と繋がる」ことの意味なのかもしれない。
汐音は、そう思った。
(……ありがとう)
心の中で、そっと呟いた。
壊れかけた世界の中で、三人はまた、繋がり直していく。
些細なすれ違い、たったひと言の言葉、ほんの少しの沈黙――それだけで、あっけなく。
でも、壊れたものは二度と戻らないわけじゃない。
ひび割れた場所に手を伸ばし、繋ぎ直すことだって、できるかもしれない。
――汐音は、そう信じたかった。
✦
澪翔が、姿を消した。
それは、突然のことだった。
昨日まで、何事もなかったように笑っていた彼が、何も言わずに学校を休み、連絡も取れなくなった。
「……まさか、また逃げるつもり?」
汐音は小さく呟いた。
その声は、自分自身に問いかけるようでもあった。
澪翔は、ずっと笑っていた。
無理をしていた。
それを汐音も紬葵も、薄々気づいていた。
だけど。
彼が本当に限界を迎える前に、手を伸ばすことができなかった。
「……葵、探しに行こう」
汐音の言葉に、紬葵は少し驚いたような顔をした。
「汐音が……自分から、誰かを探しに行くなんて」
「……あの時、澪翔が私に言ったんだ」
汐音は、ぎゅっと拳を握る。
「逃げるなって。だから……今度は、私の番だと思う」
✦
澪翔がいなくなってから、三日が経っていた。
学校に来ていない。
家にもいない。
紬葵と二人で何度も電話をかけたが、応答はなかった。
「……どこに行ったの、澪翔……」
汐音はため息をつきながら、スマホを握りしめる。
「俺なら、心当たりがあるかも」
不意に、後ろから声がした。
「……遥矢?」
振り向くと、そこに立っていたのは、澪翔と昔からの付き合いがあるという少年、遥矢だった。
「澪翔のこと、探してるんだろ?」
「……知ってるの?」
遥矢は、どこか寂しげに微笑んだ。
「アイツ、昔からそういうやつだから」
✦
遥矢に案内されたのは、街の外れにある古びた公園だった。
夜の闇が広がる中、ひとりベンチに座る影。
「……澪翔」
その名前を呼ぶと、澪翔はゆっくりと顔を上げた。
「……どうして」
「お前が逃げるから、迎えに来たんだよ」
汐音の言葉に、澪翔は一瞬だけ目を見開いた。
そして、力なく笑う。
「逃げる……か」
「違うの?」
澪翔は視線を落とし、少しの間黙り込んだ。
「……怖かったんだよ」
静かな声だった。
「お前らと話してるとさ……俺、本当の自分を見せてもいいのかも、って思っちまう。でも、それって……すげぇ怖いことなんだよ」
「……澪翔」
「俺は、ずっと一人でいるほうが楽だと思ってた。誰とも深く関わらなければ、傷つくこともないって……」
その言葉に、汐音の胸が痛んだ。
(私も、ずっとそうだった)
「でもさ……お前らが優しくするから、余計に怖くなったんだよ」
澪翔は空を仰ぐ。
「こんな俺でも、そばにいていいのかって……」
「いいに決まってるじゃん」
それまで黙っていた紬葵が、強い声で言った。
「何言ってんの? 私たちは、澪翔がいてくれないと困る」
「……なんで?」
「だって……私も汐音も、澪翔と出会って変わったんだよ?」
「変わった……?」
澪翔が呟く。
「……人はさ、簡単に壊れる。でもね、壊れたら終わりなわけじゃないんだよ」
汐音は、静かに言葉を紡ぐ。
「壊れても、また繋ぎ直せる」
その言葉に、澪翔の目が揺れる。
「私たちは、きっと何度でもやり直せる。だから……澪翔、一緒に帰ろう?」
しばらくの沈黙。
そして、澪翔は小さく笑った。
「……お前らには敵わねぇな」
夜の風が吹く。
冷たいはずの風が、少しだけ温かく感じた。
✦
人と人は、すぐに壊れる。
でも。
壊れたものを、また繋ぎ直せることを知った。
それが、「人と繋がる」ことの意味なのかもしれない。
汐音は、そう思った。
(……ありがとう)
心の中で、そっと呟いた。
壊れかけた世界の中で、三人はまた、繋がり直していく。



