雨が降っていた。
細かい雨粒が、街灯の光にぼんやりと照らされる。
冷たい夜の空気が、三人の間を満たしていた。
汐音、澪翔、紬葵――
今まで、どこか距離を取っていた三人が、今、この場所で真正面から向き合っていた。
言葉は、もう隠せない。
心がむき出しになっていく。
✦
始まりは、ほんの些細なことだった。
でも、積み重なっていたものが、一気に溢れ出す瞬間は、いつだってそういうものだ。
「……なんで、お前はそうやって他人事みたいな顔してんだよ」
最初に声を荒げたのは、澪翔だった。
校舎裏。
放課後の冷たい空気の中で、彼は汐音を睨みつけていた。
その隣で、紬葵もぎゅっと拳を握りしめている。
「私は……別に……」
「別に? ふざけんなよ」
澪翔の声が震える。
「お前、全部分かってるくせに、なんで何も言わないんだよ!」
その言葉に、汐音の心が波打った。
分かってる?
何を?
――そんなの、自分でも分からない。
「私に、何を言えっていうの」
「なんでもいい! お前が思ってること、考えてること、なんでもいいから言えよ!!」
汐音は息を呑んだ。
怒鳴られるなんて、久しぶりだった。
でも、それよりも――
(……どうしてこの人は、こんなに必死なんだろう)
澪翔の目は、怒りよりも、もっと深い感情を湛えていた。
焦りと、悲しみと――孤独。
✦
「……ずっと、逃げてたんだろ?」
澪翔の言葉が、汐音の心を貫いた。
「誰にも関わらなければ、傷つかないって思ってるんだろ? でも、そんなの……結局、ひとりで傷ついてるのと変わんねーじゃん!」
「っ……!」
汐音は息を詰まらせた。
なぜ、そんなことを言うの。
なぜ、そんなに踏み込んでくるの。
ずっと、ひとりでいるのが楽だった。
誰とも深く関わらなければ、痛みもない。
それなのに――
「私のことなんて、何も知らないくせに……!」
思わず叫んでいた。
「知らないよ! でも、知りたいって思うことはダメなのかよ!」
澪翔の声が、雨の中に響く。
「俺だって……俺だって、ずっと一人で平気なふりしてた。でも、そんなの本当はクソみたいだった!」
彼の肩が震えている。
握りしめた拳が、痛々しいほどに強張っていた。
✦
「……紬葵は?」
静かに澪翔が言った。
その視線が、紬葵に向けられる。
「お前も、何か言いたいことあるんじゃねぇの?」
紬葵は少しだけ唇を噛みしめた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「……守れなかったんだよ」
かすれた声だった。
「私が……汐音を……あの時、守れなかったんだ」
汐音の心臓が跳ねる。
――その話は、したくなかった。
ずっと、触れないでいてくれるはずだった。
「紬葵……もういい」
「よくない! 私は……あの時、汐音を助けられなかった。あの時、私がちゃんと守れていたら……!」
紬葵の目から、ぽろぽろと涙が落ちる。
「……私は、あの時の後悔を、ずっと抱えてる。なのに……汐音は、私のことを遠ざけた……っ」
震える声。
泣きじゃくる紬葵の姿を見て、汐音の喉が詰まる。
(私は……)
(紬葵に、傷ついてほしくなかっただけなのに)
✦
「もう……いいよ……」
汐音は、かすれた声で呟いた。
「……全部、言うから」
胸が、痛いほどに締めつけられる。
それでも――言わなきゃいけない気がした。
「私は……怖かったんだよ」
「……」
「誰かと関わることが、怖かった……傷つくのも、傷つけるのも、全部怖くて……だから、遠ざけた……」
初めて、心の奥の傷を言葉にする。
雨音が、静かに響く。
紬葵は泣きながら、ぎゅっと汐音の手を握った。
「汐音……」
「……ごめん」
「ううん……私も、ごめん……」
✦
「……ったく」
沈黙を破るように、澪翔が小さく笑った。
「やっと、話してくれたな」
彼の目も、どこか潤んでいた。
「……俺も、ちょっと話していいか?」
澪翔はそう言うと、少しだけ空を仰ぐ。
「俺さ……ずっと、笑ってるのが得意だったんだよ」
雨が、彼の髪を濡らしていく。
「笑ってれば、誰も傷つけないし、誰にも本当の俺を見せずに済む。だから、ずっとそうやってきた」
ふっと、自嘲するように笑う。
「でも……本当は、ずっと誰かに気づいてほしかったのかもしれない」
その言葉に、汐音も紬葵も息を呑んだ。
「だから……今、こうしてるのが、不思議なんだよな」
澪翔は汐音と紬葵を見つめる。
「お前らには、嘘つかなくてもいい気がする」
静かな雨音の中で、三人は立ち尽くした。
心がぶつかり合い、傷つけ合い――それでも、分かり合いたいと願った夜。
その夜のことを、汐音はきっと、一生忘れない。
細かい雨粒が、街灯の光にぼんやりと照らされる。
冷たい夜の空気が、三人の間を満たしていた。
汐音、澪翔、紬葵――
今まで、どこか距離を取っていた三人が、今、この場所で真正面から向き合っていた。
言葉は、もう隠せない。
心がむき出しになっていく。
✦
始まりは、ほんの些細なことだった。
でも、積み重なっていたものが、一気に溢れ出す瞬間は、いつだってそういうものだ。
「……なんで、お前はそうやって他人事みたいな顔してんだよ」
最初に声を荒げたのは、澪翔だった。
校舎裏。
放課後の冷たい空気の中で、彼は汐音を睨みつけていた。
その隣で、紬葵もぎゅっと拳を握りしめている。
「私は……別に……」
「別に? ふざけんなよ」
澪翔の声が震える。
「お前、全部分かってるくせに、なんで何も言わないんだよ!」
その言葉に、汐音の心が波打った。
分かってる?
何を?
――そんなの、自分でも分からない。
「私に、何を言えっていうの」
「なんでもいい! お前が思ってること、考えてること、なんでもいいから言えよ!!」
汐音は息を呑んだ。
怒鳴られるなんて、久しぶりだった。
でも、それよりも――
(……どうしてこの人は、こんなに必死なんだろう)
澪翔の目は、怒りよりも、もっと深い感情を湛えていた。
焦りと、悲しみと――孤独。
✦
「……ずっと、逃げてたんだろ?」
澪翔の言葉が、汐音の心を貫いた。
「誰にも関わらなければ、傷つかないって思ってるんだろ? でも、そんなの……結局、ひとりで傷ついてるのと変わんねーじゃん!」
「っ……!」
汐音は息を詰まらせた。
なぜ、そんなことを言うの。
なぜ、そんなに踏み込んでくるの。
ずっと、ひとりでいるのが楽だった。
誰とも深く関わらなければ、痛みもない。
それなのに――
「私のことなんて、何も知らないくせに……!」
思わず叫んでいた。
「知らないよ! でも、知りたいって思うことはダメなのかよ!」
澪翔の声が、雨の中に響く。
「俺だって……俺だって、ずっと一人で平気なふりしてた。でも、そんなの本当はクソみたいだった!」
彼の肩が震えている。
握りしめた拳が、痛々しいほどに強張っていた。
✦
「……紬葵は?」
静かに澪翔が言った。
その視線が、紬葵に向けられる。
「お前も、何か言いたいことあるんじゃねぇの?」
紬葵は少しだけ唇を噛みしめた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「……守れなかったんだよ」
かすれた声だった。
「私が……汐音を……あの時、守れなかったんだ」
汐音の心臓が跳ねる。
――その話は、したくなかった。
ずっと、触れないでいてくれるはずだった。
「紬葵……もういい」
「よくない! 私は……あの時、汐音を助けられなかった。あの時、私がちゃんと守れていたら……!」
紬葵の目から、ぽろぽろと涙が落ちる。
「……私は、あの時の後悔を、ずっと抱えてる。なのに……汐音は、私のことを遠ざけた……っ」
震える声。
泣きじゃくる紬葵の姿を見て、汐音の喉が詰まる。
(私は……)
(紬葵に、傷ついてほしくなかっただけなのに)
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「もう……いいよ……」
汐音は、かすれた声で呟いた。
「……全部、言うから」
胸が、痛いほどに締めつけられる。
それでも――言わなきゃいけない気がした。
「私は……怖かったんだよ」
「……」
「誰かと関わることが、怖かった……傷つくのも、傷つけるのも、全部怖くて……だから、遠ざけた……」
初めて、心の奥の傷を言葉にする。
雨音が、静かに響く。
紬葵は泣きながら、ぎゅっと汐音の手を握った。
「汐音……」
「……ごめん」
「ううん……私も、ごめん……」
✦
「……ったく」
沈黙を破るように、澪翔が小さく笑った。
「やっと、話してくれたな」
彼の目も、どこか潤んでいた。
「……俺も、ちょっと話していいか?」
澪翔はそう言うと、少しだけ空を仰ぐ。
「俺さ……ずっと、笑ってるのが得意だったんだよ」
雨が、彼の髪を濡らしていく。
「笑ってれば、誰も傷つけないし、誰にも本当の俺を見せずに済む。だから、ずっとそうやってきた」
ふっと、自嘲するように笑う。
「でも……本当は、ずっと誰かに気づいてほしかったのかもしれない」
その言葉に、汐音も紬葵も息を呑んだ。
「だから……今、こうしてるのが、不思議なんだよな」
澪翔は汐音と紬葵を見つめる。
「お前らには、嘘つかなくてもいい気がする」
静かな雨音の中で、三人は立ち尽くした。
心がぶつかり合い、傷つけ合い――それでも、分かり合いたいと願った夜。
その夜のことを、汐音はきっと、一生忘れない。



