朝の光は、無遠慮に差し込んでくる。カーテンの隙間からこぼれる冷たい光が、汐音の頬を照らしていた。
目を開けたくなかった。今日が始まるのが嫌だった。
時計の針は、もうすぐ学校へ行く時間を示している。仕方なく体を起こし、ぼんやりとした頭で制服に袖を通す。鏡に映る自分を見ても、何も感じなかった。
「……行かなきゃ」
誰かに待たれているわけじゃない。話しかけてくる人もいない。
それでも、ただの義務として、汐音は学校へ向かった。
✦
いつものように、教室の隅の席に座る。窓の外を眺めながら、ただ時間が過ぎるのを待つ。
誰かが楽しそうに笑っている声が聞こえる。でも、それは汐音には関係のない世界だった。
「――今日からこのクラスに転校生が来る」
担任の言葉に、教室がざわついた。
どうでもいい、と汐音は思った。新しい誰かが増えたところで、自分には何の影響もない。ただ、また一つ名前を覚えるのが面倒なだけ。
「じゃあ、自己紹介を」
黒板の前に立つ少年は、少しだけ笑った。
「澪翔(れいと)です。前の学校では、あまり長くいられなかったけど……今度こそ、ちゃんと馴染めたらいいなって思ってます。よろしく」
軽やかな声。
けれど、その瞳の奥には、何かが沈んでいた。
(……あの人も、本当に笑ってるわけじゃない)
汐音は思った。
なぜか、それが分かってしまった。
✦
澪翔はすぐにクラスの輪に入っていった。誰にでも話しかけ、笑い、明るい空気を作る。
けれど、その笑顔は、どこかで見たことがあるような気がした。
(あの人の笑顔、嘘っぽい)
そう思った瞬間、澪翔と目が合った。
一瞬だけ、彼の表情が揺らぐ。
「……汐音、だっけ?」
話しかけられるとは思わなかった。汐音は何も言わずに目を逸らす。
「ふーん、そっか」
それだけ言って、澪翔はまたクラスの輪の中に戻っていった。
✦
放課後。
教室を出ようとした汐音の前に、紬葵が立っていた。
「……久しぶり」
その声に、汐音の足が止まる。
――久しぶり。
それは、本当は言いたくなかった言葉だ。
「別に」
冷たく返すと、紬葵は少しだけ眉を寄せた。
「……ねぇ、汐音。本当にそれでいいの?」
「何のこと?」
「ずっと、ひとりでいること」
うるさい。
言葉にはしなかったけれど、汐音の心はそう叫んでいた。
「関係ないでしょ」
そう言って、汐音は歩き出す。
背中に、紬葵の視線を感じた。
過去にあった、あの出来事。
それを思い出しそうになって、汐音は頭を振った。
✦
帰り道、校門を出たところで、また澪翔に出くわした。
「おー、偶然だな」
「……何」
「いや、ただの挨拶」
澪翔はまた笑った。でも、その笑顔の奥にあるものが、どうしても気になってしまう。
「……無理してない?」
気づけば、そんな言葉が口をついていた。
澪翔の表情が、ぴたりと止まる。
「……なんで?」
「なんで、って」
「なんで、そんなこと言うの?」
声のトーンが変わる。
明るさを装っていた笑顔が、ほんの少しだけ崩れた。
「君に何が分かるの?」
汐音は、何も言えなかった。
でも――分かる気がした。
澪翔は、自分と同じだ。
誰とも関わらないようにしているのではなく、誰かに触れることを恐れているのだ、と。
✦
家に帰ると、汐音はベッドに倒れ込んだ。
澪翔の表情が、ずっと頭から離れなかった。
あの目は、かつての自分と同じだった。
傷つくのが怖い。
壊れるのが怖い。
だから、笑顔でごまかす。
でも――本当は、ずっと誰かに気づいてほしかった。
(……バカみたい)
そんなこと、考えたって仕方がないのに。
汐音は目を閉じた。
世界は、きれいごとじゃない。
そんなこと、ずっと前から知っていた。
それでも。
澪翔の笑顔が、どこか寂しげに揺れるのを見てしまった今――
もう、「何も感じない」ふりなんて、できなくなってしまった。
目を開けたくなかった。今日が始まるのが嫌だった。
時計の針は、もうすぐ学校へ行く時間を示している。仕方なく体を起こし、ぼんやりとした頭で制服に袖を通す。鏡に映る自分を見ても、何も感じなかった。
「……行かなきゃ」
誰かに待たれているわけじゃない。話しかけてくる人もいない。
それでも、ただの義務として、汐音は学校へ向かった。
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いつものように、教室の隅の席に座る。窓の外を眺めながら、ただ時間が過ぎるのを待つ。
誰かが楽しそうに笑っている声が聞こえる。でも、それは汐音には関係のない世界だった。
「――今日からこのクラスに転校生が来る」
担任の言葉に、教室がざわついた。
どうでもいい、と汐音は思った。新しい誰かが増えたところで、自分には何の影響もない。ただ、また一つ名前を覚えるのが面倒なだけ。
「じゃあ、自己紹介を」
黒板の前に立つ少年は、少しだけ笑った。
「澪翔(れいと)です。前の学校では、あまり長くいられなかったけど……今度こそ、ちゃんと馴染めたらいいなって思ってます。よろしく」
軽やかな声。
けれど、その瞳の奥には、何かが沈んでいた。
(……あの人も、本当に笑ってるわけじゃない)
汐音は思った。
なぜか、それが分かってしまった。
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澪翔はすぐにクラスの輪に入っていった。誰にでも話しかけ、笑い、明るい空気を作る。
けれど、その笑顔は、どこかで見たことがあるような気がした。
(あの人の笑顔、嘘っぽい)
そう思った瞬間、澪翔と目が合った。
一瞬だけ、彼の表情が揺らぐ。
「……汐音、だっけ?」
話しかけられるとは思わなかった。汐音は何も言わずに目を逸らす。
「ふーん、そっか」
それだけ言って、澪翔はまたクラスの輪の中に戻っていった。
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放課後。
教室を出ようとした汐音の前に、紬葵が立っていた。
「……久しぶり」
その声に、汐音の足が止まる。
――久しぶり。
それは、本当は言いたくなかった言葉だ。
「別に」
冷たく返すと、紬葵は少しだけ眉を寄せた。
「……ねぇ、汐音。本当にそれでいいの?」
「何のこと?」
「ずっと、ひとりでいること」
うるさい。
言葉にはしなかったけれど、汐音の心はそう叫んでいた。
「関係ないでしょ」
そう言って、汐音は歩き出す。
背中に、紬葵の視線を感じた。
過去にあった、あの出来事。
それを思い出しそうになって、汐音は頭を振った。
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帰り道、校門を出たところで、また澪翔に出くわした。
「おー、偶然だな」
「……何」
「いや、ただの挨拶」
澪翔はまた笑った。でも、その笑顔の奥にあるものが、どうしても気になってしまう。
「……無理してない?」
気づけば、そんな言葉が口をついていた。
澪翔の表情が、ぴたりと止まる。
「……なんで?」
「なんで、って」
「なんで、そんなこと言うの?」
声のトーンが変わる。
明るさを装っていた笑顔が、ほんの少しだけ崩れた。
「君に何が分かるの?」
汐音は、何も言えなかった。
でも――分かる気がした。
澪翔は、自分と同じだ。
誰とも関わらないようにしているのではなく、誰かに触れることを恐れているのだ、と。
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家に帰ると、汐音はベッドに倒れ込んだ。
澪翔の表情が、ずっと頭から離れなかった。
あの目は、かつての自分と同じだった。
傷つくのが怖い。
壊れるのが怖い。
だから、笑顔でごまかす。
でも――本当は、ずっと誰かに気づいてほしかった。
(……バカみたい)
そんなこと、考えたって仕方がないのに。
汐音は目を閉じた。
世界は、きれいごとじゃない。
そんなこと、ずっと前から知っていた。
それでも。
澪翔の笑顔が、どこか寂しげに揺れるのを見てしまった今――
もう、「何も感じない」ふりなんて、できなくなってしまった。



