高鳴る鼓動は、彼女を盗み見ていた後ろめたさか、それとも秘めた気持ちのせいか。松野は、本を手にしたまま動けずにいる僕の前で立ち止まった。一メートルほどの、控えめな距離。顔を上げた彼女と、今度こそ目が合う。――気のせいじゃない。
一瞬の静寂の中、彼女が遠慮がちに後ろ手を組み、小さく言った。
「あの……」
聞こえるか聞こえないかほどの声。無口な彼女が自分から話しかけるのは、たぶん初めてだった。
「――加澤、くん……」
口を開いた彼女の声は、そこで止まった。言葉の続きはない。僕は戸惑いながら、本を置いて小さく返す。
「えっと……?」
松野も何か言いかける。息を吸う気配が、僕と同時だった。次の言葉が出てこない。僕も見かねて声を出す。
「松野、さ――」
ここでバイトしてるの? そんな、あまりに当たり前のことを言いかけて、彼女の肩がぴくりと強ばる。
気まずい空気が流れる中、不意に、店内にオレンジ色の光が差し込んだ。カーテン越しに揺れるような、屈折した夕陽のような光だった。何が起きたのか、一瞬分からなかった。
その光は、僕のすぐ横から生まれたように感じた。そして同時に、右側に誰かの気配。思わず声が漏れる。
「……えっ?」
視線を向けた先には、誰かの姿。背中にまわされた腕。あまりに突然で、最初は状況が呑みこめなかった。松野ではない、誰か。僕は、見知らぬ誰かに、横から抱きしめられていた。
一瞬の静寂の中、彼女が遠慮がちに後ろ手を組み、小さく言った。
「あの……」
聞こえるか聞こえないかほどの声。無口な彼女が自分から話しかけるのは、たぶん初めてだった。
「――加澤、くん……」
口を開いた彼女の声は、そこで止まった。言葉の続きはない。僕は戸惑いながら、本を置いて小さく返す。
「えっと……?」
松野も何か言いかける。息を吸う気配が、僕と同時だった。次の言葉が出てこない。僕も見かねて声を出す。
「松野、さ――」
ここでバイトしてるの? そんな、あまりに当たり前のことを言いかけて、彼女の肩がぴくりと強ばる。
気まずい空気が流れる中、不意に、店内にオレンジ色の光が差し込んだ。カーテン越しに揺れるような、屈折した夕陽のような光だった。何が起きたのか、一瞬分からなかった。
その光は、僕のすぐ横から生まれたように感じた。そして同時に、右側に誰かの気配。思わず声が漏れる。
「……えっ?」
視線を向けた先には、誰かの姿。背中にまわされた腕。あまりに突然で、最初は状況が呑みこめなかった。松野ではない、誰か。僕は、見知らぬ誰かに、横から抱きしめられていた。


