幼なじみだった友達に告白されました

 朝、目が覚めると、体がひどくだるかった。
 頭がぼんやりして、喉がやたらと痛い。

「......やべ、風邪かも」

 声を出した瞬間、自分の声がかすれているのに気づいた。
 いつもなら朝ごはんの匂いがするはずの家の中は、やけに静かで、シーンとした空気が広がっている。

 ......あぁ、そうだ。今日はお母さんたち出かけてるんだった。

 そう思い出して、少しだけ気が沈んだ。
 体調が悪いときにひとりなのは、なんだか余計にしんどい。

 体が重くて、何もする気になれない。
 もう一度布団をかぶって目を閉じる。
だけど、頭の中では昨日のことばかりがぐるぐると巡っていた。

 寝れば、少しはマシになるはず。
 そう思いながら、俺はゆっくりと意識を手放した。

 目を閉じると、ふわりと意識が沈んでいく。

 ***

 俺は人と話すのが苦手で、いつも一人だった。みんなの輪に入れず、いつも遠くからみつめていた。俺が唯一、気にしせず遊べたのは瑛斗だけで、あの日もいつもと同じように家で遊んでいた。

「蒼も明日、遊ぼうぜ」

「え、でも......俺が行ったら、みんな困るかも」

 ぽつりと漏らした言葉に、瑛斗は少しだけ首をかしげた。

「なんで?」

「俺、あんまりしゃべれないし......みんなみたいにうまくサッカーできないし」

 俯く俺を、瑛斗はじっと見つめていた。

 そして、ふわっと笑って言った。

「そんなの関係ないよ」

「え......」

「俺は、蒼と遊びたいって思ったから誘ったんだよ? みんなも、そんなことで困るわけないって」

 瑛斗は自信満々にそう言い切って、俺の手をぽんっと叩いた。

「じゃあ決まり! 明日、絶対来いよな!」

 そう言って瑛斗は、ニッと笑った。

 その笑顔があまりにもまっすぐで、俺はなんだか断れなくなってしまって――。

「......うん」

 小さく頷くと、瑛斗は満足そうに「よし!」と笑った。


 次の日。

 朝起きたら、体が暑くて、頭がズキズキした。

 すぐに「風邪だね」とお母さんに布団へ戻される。

「今日はおとなしく寝てなさい」

 そう言われて、ひとりでベッドに横になった。

 瑛斗と遊ぶ約束をしていたのに。サッカーして、鬼ごっこして、たくさん走り回るはずだった。

「行きたかったな......」

 目を閉じても、外から聞こえる子どもたちの声が耳に入る。

 せっかく瑛斗が誘ってくれたのに......。

 お母さんは買い物に出ていて、家の中はしんと静かだった。水を飲みたいのに、起き上がるのもしんどい。

 なんだか、さみしい。

 ぽつんとひとり。布団の中で、小さく丸まる。

 そのとき――

「ピンポーン!」

 玄関のチャイムが鳴った。

 ......誰だろう?

 返事をする元気もなくて、じっとしていると、少しして玄関が開く音がした。

「あおー?」

 ふにゃっとした、聞き慣れた声。瑛斗だった。

 ドアがそっと開いて、小さな瑛斗の顔がひょこっとのぞく。

「やっぱり、寝てた」

「えっ、どうして......」

 かすれた声で聞くと、瑛斗はニコッと笑った。

「今日は俺が看病してやる!」

「でも、遊ぶ約束......」

「遊ぶ約束はいつでもできるだろ?」

 そう言って、瑛斗は小さな手に持っていた袋を見せる。

「おかあさんが、ゼリーもってってあげなさいって。ほら、冷たくておいしいやつ!」

 袋の中から取り出したのは、ぷるぷるのフルーツゼリー。俺の好きな、りんご味だった。

「食べるか?」

 俺がコクリと頷くと、瑛斗は嬉しそうに袋を開けて、小さなスプーンでゼリーをすくった。

「はい、あーん」

「......自分で食べれる」

「えー? せっかくもってきたのにー」

「......あー」

 恥ずかしかったけど、瑛斗がすごく楽しそうにしてるから、ちょっとだけ口を開けた。ひんやりしたゼリーが喉を通ると、少しだけ楽になった気がする。

「おいしい?」

「......うん」

 瑛斗はそれだけで満足したみたいに笑って、布団の横にちょこんと座った。

「蒼が寝るまでここにいてやるからな!」

「いいの?」

「ひとりだと、さみしいだろ?」

 瑛斗はそう言って、小さな手でぎゅっと俺の手を握った。

「俺がいるから大丈夫だよ」

 握った手をぶんぶん振りながら、にこにこ笑う瑛斗。

「早く、よくなれよ!治ったらまた遊びに行こう」

 気づけば、さっきまでのさみしさが、消えていた。

「......ありがと」

 俺がそっと呟くと、瑛斗はもっと嬉しそうに笑った。

 握られた手のぬくもりに安心して、俺はすぐに眠ってしまった。

 瑛斗は、昔から変わらない。

 ずっと、俺のそばにいてくれた。

 そういえば、瑛斗はいつから俺のことが好きなんだろう。

 ***

 ――ひんやりして、気持ちいい。

 熱でぼうっとする頭。だるくて重い体。なのに、頬に触れるそれだけが、不思議と涼しくて心地よかった。

 ゆっくり目を開けると、目の前に瑛斗の顔があった。

「......えいと?」

 かすれた声を出すと、瑛斗は「おっ」と少し驚いた顔をして、ぱっと手を引っ込めた。

「お前、大丈夫か?」

「どうして......」

「清子さんから連絡とれないって、聞いて合鍵で入ってきた」

「あー、寝てたから気づかなかったわ」

「なんか食べたか?」

 瑛斗が心配そうに聞いてくる。俺は頷くこともなく、少し首を横に振った。

「今、食欲ない」

 瑛斗は少し考えるように黙っていたけど、すぐに立ち上がった。

「でもなんか食べた方がいいぞ」

 瑛斗はそう言って、部屋から出て行った。

 何かを取りに行くのかなと思いながら、また横になって目を閉じる。

 しばらくしてから、ドアが閉まる音が響いた。「カツッ......カツッ」と何かを切っているような音が聞こえてくる。

 少しして「よし、できた」と瑛斗の声がして、俺の元へ戻ってきた。

 瑛斗は肩で息をしていた。額にはうっすら汗がにじんでいて、髪が少しだけ肌に張りついている。

 瑛斗わざわざ買いに行ってくれたのか?

「ほら、リンゴ。切ってきたから、食べろ」

 手渡されたのは、ちょっとボロボロになったリンゴだったけど、その姿が逆に優しさを感じさせた。

「ありがとう」

 そう言って、俺は爪楊枝で歪な形のリンゴをひとつ刺して、口に運んだ。

 少し食べにくかったけれど、口の中に広がる甘さが、すごく優しくて、気づけば口元が自然に緩んでいた。

「......うまい」

「よかった」

 瑛斗は嬉しそうに言って、もうひとつリンゴを差し出してくれる。

「じゃあ、もう少し食べとけよ」

 その優しい笑顔に、俺は恥ずかしさも感じたけど、素直に頷いてまた口を開けた。

「お前、りんご好きだもんな。少しでも食べれたのならよかった」

 俺はさっきまで見てた夢を思い出した。あの時もりんごだったな。

「熱は測ったのか?」

「......うちの体温計、壊れてて使えない」

「はぁ? まじかよ」

 呆れたように言いながら、瑛斗は俺の顔を覗き込む。

 次の瞬間――ひんやりした感触が額に触れた。

「っ......」

 思わず息をのむ。瑛斗の手のひらだった。

「うわっ、熱っ......これ、39度ぐらいあるだろ」

 額に触れたまま、瑛斗が少し眉をひそめる。

「そりゃ、しんどいわ」

 手のひらが気持ちよくて、俺は思わずそのままじっとしてしまう。

 さっきまでのぼんやりとした熱の中で、確かに瑛斗の手の冷たさだけははっきりわかった。

 それがすごく心地よくて、安心して——。

 俺は、ふと口をついて出た言葉に、自分で驚いた。

「......もっと」

 瑛斗の動きが止まる。

「......は?」

「瑛斗の手、冷たい......」

 自分でも驚くくらい、素直に言葉が出てくる。頭がふわふわしてて、なんだかもうどうでもよかった。

 瑛斗は少し戸惑ったような顔をしていたけど、すぐに「しゃーねーな」と笑って、そっと俺の頬に手を当てた。

「ほら、これでどうだ?」

「......きもちい」

「お前、熱あると素直になるよな」

「......そんなこと、ない」

「いや、あるね」

 瑛斗は笑いながら、手をゆっくりと俺の頬に滑らせた。ひんやりした指先が気持ちよくて、俺は無意識に頬をすり寄せてしまう。

「......ん」

「......なに、それ、かわいいんだけど」

 瑛人がぼそっと言った。

「......」

 ......あれ、俺。今くっっっそ恥ずいことした......!?

 心臓が一気に跳ね上がるのがわかった。

「......かわいくないッ!」

 我に返り、俺は叫んだ。俺は急いで布団の中に潜り込む。

 今、鼓動がやたらとうるさいのも、変なこと言っちゃったのも全部熱のせいだ!!

 視線を向けたら負けな気がして、俺はぎゅっと布団を握りしめる。

「いやいや、今のはずるいって......」

 そう言いながら瑛斗の方が照れたように顔を手で隠した。

 ――え?

 思わず目を見開く。

 瑛斗がこうやって照れるの、初めて見た。
 こいつ、本当に俺のこと好きなんだな。

 そのことを自覚した瞬間、俺の体温とは別の熱が、じわじわと広がっていく気がした。

「俺、とりあえずタオル濡らしてくるわ」

 切り替えるように瑛斗が立ち上がろうとした瞬間――

 無意識に、その腕を掴んでいた。

「......っ」

 自分でも驚いて、慌てて手を離す。

 瑛斗も驚いたように俺を見下ろして、少しだけ目を丸くした。

「......どうした?」

「いや、ちがっ......」

 きっと、頭がぼんやりしてたから。

 そう思いながら俯く俺を、瑛斗はじっと見ていた。

「......お前、顔赤くない?」

 瑛斗が覗き込んでくる。

「......熱のせいだ」

「ほんと?」

 悪戯っぽく目を細める瑛斗の顔が近くて、ますます心臓が騒ぐ。

 やばい。やばい。やばい。

 距離が近すぎる。息がかかるほどの距離で、瑛斗の瞳がじっと俺を捉えている。

「風邪移るからもう帰れよ!」

 焦って突き放そうとしたのに、瑛斗はまったく動じなかった。

「風邪って、移したら治るって言うよな」

「は......?」

「なら、俺に移せよ」

 瑛斗の顔が、ゆっくりと近づいてくる。

 冗談、だよな。いや、ま、待て待て待て......!

 心臓がうるさい。逃げなきゃ、と思うのに体が動かない。瑛斗の瞳が真っ直ぐ俺を見つめたまま、どんどん距離が縮まっていく。

 あと数センチ――。

 唇が触れそうになって、俺は思わずぎゅっと目を閉じた。

 ......なのに、いつまでたっても何も起こらない。

 不安になって、そっと目を開けると、瑛斗はすぐ目の前で俺をじっと見つめたまま、ククッと小さく笑った。

「......ビビりすぎ」

「っ......!!!」

 一瞬で顔が熱くなる。いや、もう全身が火照るような感覚だった。

「お前、ほんと可愛い」

「は、はあ!? ふざけんな!!」

 俺は思い切り布団を被って、瑛斗の顔を見ないようにした。

 だけど、心臓のドキドキは、全然止まりそうになかった。

「はははっ、悪い悪い」

 そう言って、俺の髪をくしゃっと撫でた。
 瑛斗は布団の端に座り直す。

「ここにいてやるから寝とけよ」

 なんだかその言葉がやけに優しくて、俺は抵抗する気もなくなり、そっと目を閉じた。