「うぅ......」
目を覚ますと、体が重い感覚に包まれていた。少し動かすだけで、息が詰まりそうだ。でもその原因に気づいて、俺はすぐに目を開けた。
――瑛人が、俺の上に乗っている。
「......またかよ」
俺は呆れてため息を吐いた。瑛斗がこうやって寝てるのはいつものことだ。寝相が悪くて、よく俺に抱きつくようにのしかかって寝ている。
「おい、瑛斗。起きろー」
声をかけても、瑛斗は微動だにしない。寝息を立てているだけだ。
「おーい、起きろって」
軽く肩を揺すっても起きない。俺は仕方なく瑛斗の肩を叩いて起こす。
「おーいッ!」
瑛斗はようやく目を開けて、にこりと笑った。
「んー、蒼おはよう」
体を伸ばし、その笑顔で顔を覗き込んでくる瑛斗に、俺は思わず顔をしかめる。
「いい加減に俺に抱きついて寝るのやめろよな」
目を細めて言うと、瑛斗は無邪気に笑った。
「お前が抱き枕にぴったりだったからつい、な」
全く反省する気配なしに瑛斗はそう言った
瑛斗は家が隣で、ずっと一緒に過ごしてきた幼なじみだ。親同士も仲がよく、瑛斗はしょっちゅう俺の家に入り浸っては泊まっていく。それが当たり前のようになっていた。
「早く起きろ。朝ごはん食べるだろ」
俺が声をかけると、瑛斗は嬉しそうに「おぉ」と短く答える。
リビングに向かう途中で、お母さんがすでに朝ごはんを準備してくれていた。
「瑛斗くん、朝ごはん食べていくでしょ?」
お母さんが微笑んで声をかけると、瑛斗は軽く頷いてて笑った。
「清子さん、いつもありがとうございます」
瑛斗はまるでテレビの中のアイドルみたいに爽やかな笑顔を見せる。でも、その姿にちょっとしたイラつきも感じるのは俺だけだろうか。
「もう、本当に瑛斗くんはかっこいいわね!朝から目の保養よ」
お母さんがそう言うと、瑛斗はその調子で笑っている。
俺はそんな会話を他所に気にすることもなく、ただ食べ進めた。
朝ごはんを食べ終わると、俺たちはそろって玄関を出る。
「行ってきまーす!」
瑛斗が母さんに向かって軽く手を振る。
「いってらっしゃい!ふたりとも気をつけてね」
お母さんの声を背に、俺たちは歩き出した。
朝のひんやりした空気が心地いい。でも、登校の途中でいつものように視線を感じた。またかよ......。
周りをちらっと見ると、通りすがる生徒たちの目線がほぼ全員、俺たち......いや、瑛斗に向いている。それも当然だ。瑛斗はどこにいても目立つ。
モデルみたいにすらっとした体型で、手足が長い。髪はセットしてるわけじゃないのに、適当にかき上げても様になる。
昔は一緒に泥だらけになって笑ってたのに。それがいつの間にか、背も伸びて、声も低くなって、顔までこんなに整っちまって。
ノリも良くて、男女とも分け隔てなく接するし、誰とでも気軽に話す。上級生からも下級生からも人気で、「瑛斗くん!」なんて呼ばれてることも珍しくない。
そんな瑛斗の隣を歩く俺は、どう見ても釣り合ってない。いや、周りの女子にはきっと、俺は見えていないのだろう。完全にモブキャラになっている。
俺は特に目立つタイプじゃないし、すべてにおいて平凡。身長は周りより低くて、初めての人と話すのは苦手だ。できればあまり目立ちたくないと思ってるのに、瑛斗の隣にいるせいでどうしても視線を集めてしまう。
幼なじみじゃなかったら、絶対に関わることなんてなかっただろうな。
そんなことを考えていると、隣の瑛斗が不意に俺を覗き込んできた。
「なに、そんな真剣な顔してんの?」
「だから近いって、もうちょい離れろよ」
「なんで? 別にいいじゃん」
「いや、よくねぇから」
軽く肩を押して距離を取ると、瑛斗は「つれねぇな」と笑った。
そんなやり取りをしていると、ふいに瑛斗が言った。
「今日も蒼の家に寄っていいか?」
「......また?」
「またって、もう俺の家みたいなもんだしな」
「勝手にお前の家にすんな」
「いいじゃん。どうせお前、暇だろ?」
「どうせってなんだよ。......まぁ、暇だけど」
言いながら、俺はふと考える。
瑛斗は女子からの人気はすごくて、告白されるのなんて日常茶飯事だ。それなのに、俺の知る限り――瑛斗に彼女がいたことは、一度もなかった。
瑛斗と俺は、気づけばいつも一緒にいる。登校も、放課後も休みの日だって。小さい頃からずっとそうだったし、今さら疑問に思うこともなかったけど......。
でも――こいつ、ずっと俺といていいのか?
そんなことを考えながら俺は学校に向かった。
昼放課。
教室の喧騒の中、俺は机に肘をついてスマホをいじっていた。そんな俺の肩には、当然のように瑛斗の頭がもたれかかっている。
「お前さぁ......もうちょっと自分で座れよ。重いんだけど」
「えー、いいじゃん。落ち着くんだよ、蒼の肩」
「俺はお前の枕じゃないぞ」
文句を言っても瑛斗は動じず、スマホでゲームをしながら俺に寄りかかったままだった。
「おいおい、お前らまたイチャイチャしてんのかよ」
突然、目の前の机をコンっと軽く叩く音がした。顔を上げると、隼人と光輝が苦笑混じりにこっちを見ていた。
「いや、別にイチャついてねぇし」
「いや、どう見てもそうだろ」
俺は反論するが、隼人が呆れたように瑛斗に言う。
「お前、ほんと蒼のこと好きだよな」
「好きだけど?」
瑛斗はゲーム画面から視線も外さず、さらっと言ってのける。
「おいおい、ついにお前らそういう関係になったのか?」
「ちげーよ!」
「なんだよ、そんな全力で否定しなくてもいいじゃん」
「いや、むしろ否定しろよ!?なんで肯定する流れになってんの!!」
思わず瑛斗を押しのけようとしたが、こいつは全然どかない。むしろ俺の肩にさらに体重を預けてくる。
「昨日だって、一緒に寝た仲じゃん?」
「えっ、まじか」
「間際らしい言い方すんな!」
結局、このやりとりも毎度のことだった。
俺が怒ってみんなが笑うまでがいつものお決まり。
瑛斗は昔からスキンシップが多いし、適当なことを言っては人をからかうのが好きなやつだ。俺も、それにツッコミを入れるのが当たり前になっている。
隼人と光輝はもともと去年、瑛人と同じクラスの友達だ。今年も同じクラスなって、俺はそこに入れてもらっている状況。俺がぼっちにならずに済んだのは瑛人のおかげだった。隼人と光輝も......まぁ、いいやつで何とか毎日を過ごしている。
「はぁ、トイレ行ってくる」
俺は適当にそう言い捨てて、瑛斗の隣から離れた。
トイレで適当に時間を潰し、手を洗ってから教室へ戻ろうとしたそのとき――
「あのっ!」
廊下を歩いている俺のすぐ後ろから、可愛らしい声がかかった。
振り返ると、そこに立っていたのは他クラスの美月ちゃんだった。
――え、嘘だろ?
美月ちゃんっていえば、学年で一番可愛いって有名な子だ。小柄で、ふわっとした巻き髪。ほんのり色づいた頬に、大きな瞳。アイドル顔負けのルックスで、男子の間でも話題にならない日はないくらいの人気者。
その美月ちゃんが、なぜか俺に話しかけてきた。
「......俺?」
「うん。ちょっと、いいかな?」
美月ちゃんは、周囲の視線を気にしたように渡り廊下の方を示した。
「......あ、うん」
動揺を隠しきれないまま、美月ちゃんに連れられて人目のつかない場所へと移動する。
え、これ......もしかして、告白じゃね?
正直、心臓がバクバクしていた。こんなシチュエーション、マンガとかでしか見たことねぇぞ?
昼休み、クラスのイケメンが呼び出されて、「好きです、付き合ってください」ってなるやつじゃん。俺、イケメンじゃないけど。
「......あの」
うわっ、本当に可愛いな。美月ちゃんは身をよじりながら、頬を赤らめる。いやいや、落ち着け。そう思おうとするけど、どうしても期待が膨らむ。
だって、美月ちゃんがわざわざ俺を呼び止める理由なんて、それくらいしか思いつかない。
......マジか? 俺、モテ期きた?
変にソワソワしながら、美月ちゃんが話し始めるのを待つ。
「実は私ずっと......」
美月は少し照れくさそうに、でも真剣な目で俺を見つめてきた。その眼差しに俺は息を飲む。
「瑛斗くんのことが好きなの!!」
「......え?」
俺は再びみっともなく声を上げてしまう。そんな俺を他所に美月ちゃんがポケットから何かを取り出して、俺の手にそっと渡す。それは、白い手紙だった。
「これ、瑛斗くんに渡してほしくて......」
魂が抜け出そうな俺のことには気にも止めず、美月ちゃんは白い手紙を差し出した。
「瑛斗に?」
美月ちゃんは頷きながら、少し恥ずかしそうに顔を伏る。
「うん。実は、瑛斗くんに告白したいんだけど、直接言うのはちょっと恥ずかしくて......だから、蒼くんから渡してもらえないかな?」
その言葉に、俺の胸の中で期待していたものが一気に消えた。
告白――それも俺じゃなくて、瑛斗に。
はぁ......そう来たか。
「俺が?」
「うん、お願い。蒼くんなら瑛斗くんと仲良いし、渡してくれる?」
美月ちゃんの目が真剣そのもので、俺が断る理由はない。でも、正直言って、なんだか微妙な気持ちになった。
「......わかった。瑛斗に渡しとくよ」
少しの沈黙の後、断ることも出来ずに俺は渋々、頷いた。
美月ちゃんはにっこりと笑って、封筒をもう一度確認しながら言った。
「じゃあ、お願いね、蒼くん」
そう言って去っていく美月ちゃんの背中をその場で見送った。
はぁ、まじで俺のどきどきを返せよな。それに......美月ちゃんが瑛斗のこと好きだったなんて。
――瑛斗もさすがに美月ちゃんの告白は受け入れるんじゃないか?
だって、美月ちゃんだぞ。学年一の美少女で、性格も明るくて、可愛いなんてもんじゃない。そんな子に好きって言われて、断る理由なんてないはずだ。
もし付き合うことになったら......これからは、今みたいに気軽に瑛斗を誘えなくなるのか。
放課後、コンビニに寄ったり、家でゲームしたり、夜中にラーメン食べに行ったり。
そういうのも、彼女ができたら「今日はデートだから」ってなるんだろうな。
想像すると、なんだかそれは寂しいかもなぁ、なんて思ったりした。
そして教室に戻ると、俺は瑛斗の席に向かいながら、ぼやくように文句を漏らした。
「そもそもなんで俺が......」
手には、美月から託された手紙。
「おー、おかえり......って、それ何持ってんだ?」
瑛斗がちらっとこちらを見てくる。俺は無言で手紙を差し出した。
「これ、お前に渡してくれって」
瑛斗は少し不思議そうに手紙を受け取る。
「ん? 誰からだよ」
「美月ちゃんから。告白の手紙だよ」
俺は淡々と伝えたが、瑛斗は特に驚く様子なかった。それとは対照的に、隣にいた隼人と光輝がすぐに反応した。
「マジかよ! 美月ちゃんって、学年一の美少女じゃん! お前、ついに告白されたんか!?」
隼人が興奮気味に叫び、光輝も続く。
「うわ、すげぇ! それ、めっちゃ羨ましいんだけど! もちろん、付き合うよな?」
「俺、付き合う気はないけど......」
瑛斗は中身も見ずにペラペラとさせていた手紙を机に置く。
俺も含め全員が目を大きく見開いて問い詰める。
「はぁ!? なんでだよ、学年一の美女だぞ? 断る理由ねぇじゃんか!」
「んー、別に彼女とか興味ないし」
瑛斗は興味なさそうに言う。
「マジもったいねぇ! 俺だったら速攻で付き合うのに」
光輝が呆れたように言うが、瑛斗は軽く笑って流す。
「お前、いつも告られても断るよな。どうして付き合わないんだよ?」
「んー、付き合うより......」
瑛斗は俺の方を見つめ、にやりと微笑んだ。
「俺は蒼といるほうが楽しいしな」
何気ない一言だったのに、思わず息が詰まった。
「いやいや、お前さ......」
隼人が頭を抱える。
「普通そういうの、友達とか相棒って言うんじゃねぇの? なんで彼女枠なんだよ!」
「いや、だって実際そうだろ?」
瑛斗は軽く笑いながら言う。
「毎日蒼と一緒にいるし、わざわざ彼女作る理由ないんだよ」
「......」
ふたりは呆れたようにため息を吐いた。
「まぁ、瑛斗に彼女ができるのは癪だから、俺はそっちの方がいいけどな!」
そう言って俺は冗談めかして笑う。
「そうそう、俺に彼女できたら、蒼が寂しがるから」
瑛斗がふっと俺を見て、口元を緩める。
「はぁ!? 寂しくなんかねぇし!」
俺は思わず語気を強める。
なのに――瑛斗はやけに満足そうに微笑んでいた。
目を覚ますと、体が重い感覚に包まれていた。少し動かすだけで、息が詰まりそうだ。でもその原因に気づいて、俺はすぐに目を開けた。
――瑛人が、俺の上に乗っている。
「......またかよ」
俺は呆れてため息を吐いた。瑛斗がこうやって寝てるのはいつものことだ。寝相が悪くて、よく俺に抱きつくようにのしかかって寝ている。
「おい、瑛斗。起きろー」
声をかけても、瑛斗は微動だにしない。寝息を立てているだけだ。
「おーい、起きろって」
軽く肩を揺すっても起きない。俺は仕方なく瑛斗の肩を叩いて起こす。
「おーいッ!」
瑛斗はようやく目を開けて、にこりと笑った。
「んー、蒼おはよう」
体を伸ばし、その笑顔で顔を覗き込んでくる瑛斗に、俺は思わず顔をしかめる。
「いい加減に俺に抱きついて寝るのやめろよな」
目を細めて言うと、瑛斗は無邪気に笑った。
「お前が抱き枕にぴったりだったからつい、な」
全く反省する気配なしに瑛斗はそう言った
瑛斗は家が隣で、ずっと一緒に過ごしてきた幼なじみだ。親同士も仲がよく、瑛斗はしょっちゅう俺の家に入り浸っては泊まっていく。それが当たり前のようになっていた。
「早く起きろ。朝ごはん食べるだろ」
俺が声をかけると、瑛斗は嬉しそうに「おぉ」と短く答える。
リビングに向かう途中で、お母さんがすでに朝ごはんを準備してくれていた。
「瑛斗くん、朝ごはん食べていくでしょ?」
お母さんが微笑んで声をかけると、瑛斗は軽く頷いてて笑った。
「清子さん、いつもありがとうございます」
瑛斗はまるでテレビの中のアイドルみたいに爽やかな笑顔を見せる。でも、その姿にちょっとしたイラつきも感じるのは俺だけだろうか。
「もう、本当に瑛斗くんはかっこいいわね!朝から目の保養よ」
お母さんがそう言うと、瑛斗はその調子で笑っている。
俺はそんな会話を他所に気にすることもなく、ただ食べ進めた。
朝ごはんを食べ終わると、俺たちはそろって玄関を出る。
「行ってきまーす!」
瑛斗が母さんに向かって軽く手を振る。
「いってらっしゃい!ふたりとも気をつけてね」
お母さんの声を背に、俺たちは歩き出した。
朝のひんやりした空気が心地いい。でも、登校の途中でいつものように視線を感じた。またかよ......。
周りをちらっと見ると、通りすがる生徒たちの目線がほぼ全員、俺たち......いや、瑛斗に向いている。それも当然だ。瑛斗はどこにいても目立つ。
モデルみたいにすらっとした体型で、手足が長い。髪はセットしてるわけじゃないのに、適当にかき上げても様になる。
昔は一緒に泥だらけになって笑ってたのに。それがいつの間にか、背も伸びて、声も低くなって、顔までこんなに整っちまって。
ノリも良くて、男女とも分け隔てなく接するし、誰とでも気軽に話す。上級生からも下級生からも人気で、「瑛斗くん!」なんて呼ばれてることも珍しくない。
そんな瑛斗の隣を歩く俺は、どう見ても釣り合ってない。いや、周りの女子にはきっと、俺は見えていないのだろう。完全にモブキャラになっている。
俺は特に目立つタイプじゃないし、すべてにおいて平凡。身長は周りより低くて、初めての人と話すのは苦手だ。できればあまり目立ちたくないと思ってるのに、瑛斗の隣にいるせいでどうしても視線を集めてしまう。
幼なじみじゃなかったら、絶対に関わることなんてなかっただろうな。
そんなことを考えていると、隣の瑛斗が不意に俺を覗き込んできた。
「なに、そんな真剣な顔してんの?」
「だから近いって、もうちょい離れろよ」
「なんで? 別にいいじゃん」
「いや、よくねぇから」
軽く肩を押して距離を取ると、瑛斗は「つれねぇな」と笑った。
そんなやり取りをしていると、ふいに瑛斗が言った。
「今日も蒼の家に寄っていいか?」
「......また?」
「またって、もう俺の家みたいなもんだしな」
「勝手にお前の家にすんな」
「いいじゃん。どうせお前、暇だろ?」
「どうせってなんだよ。......まぁ、暇だけど」
言いながら、俺はふと考える。
瑛斗は女子からの人気はすごくて、告白されるのなんて日常茶飯事だ。それなのに、俺の知る限り――瑛斗に彼女がいたことは、一度もなかった。
瑛斗と俺は、気づけばいつも一緒にいる。登校も、放課後も休みの日だって。小さい頃からずっとそうだったし、今さら疑問に思うこともなかったけど......。
でも――こいつ、ずっと俺といていいのか?
そんなことを考えながら俺は学校に向かった。
昼放課。
教室の喧騒の中、俺は机に肘をついてスマホをいじっていた。そんな俺の肩には、当然のように瑛斗の頭がもたれかかっている。
「お前さぁ......もうちょっと自分で座れよ。重いんだけど」
「えー、いいじゃん。落ち着くんだよ、蒼の肩」
「俺はお前の枕じゃないぞ」
文句を言っても瑛斗は動じず、スマホでゲームをしながら俺に寄りかかったままだった。
「おいおい、お前らまたイチャイチャしてんのかよ」
突然、目の前の机をコンっと軽く叩く音がした。顔を上げると、隼人と光輝が苦笑混じりにこっちを見ていた。
「いや、別にイチャついてねぇし」
「いや、どう見てもそうだろ」
俺は反論するが、隼人が呆れたように瑛斗に言う。
「お前、ほんと蒼のこと好きだよな」
「好きだけど?」
瑛斗はゲーム画面から視線も外さず、さらっと言ってのける。
「おいおい、ついにお前らそういう関係になったのか?」
「ちげーよ!」
「なんだよ、そんな全力で否定しなくてもいいじゃん」
「いや、むしろ否定しろよ!?なんで肯定する流れになってんの!!」
思わず瑛斗を押しのけようとしたが、こいつは全然どかない。むしろ俺の肩にさらに体重を預けてくる。
「昨日だって、一緒に寝た仲じゃん?」
「えっ、まじか」
「間際らしい言い方すんな!」
結局、このやりとりも毎度のことだった。
俺が怒ってみんなが笑うまでがいつものお決まり。
瑛斗は昔からスキンシップが多いし、適当なことを言っては人をからかうのが好きなやつだ。俺も、それにツッコミを入れるのが当たり前になっている。
隼人と光輝はもともと去年、瑛人と同じクラスの友達だ。今年も同じクラスなって、俺はそこに入れてもらっている状況。俺がぼっちにならずに済んだのは瑛人のおかげだった。隼人と光輝も......まぁ、いいやつで何とか毎日を過ごしている。
「はぁ、トイレ行ってくる」
俺は適当にそう言い捨てて、瑛斗の隣から離れた。
トイレで適当に時間を潰し、手を洗ってから教室へ戻ろうとしたそのとき――
「あのっ!」
廊下を歩いている俺のすぐ後ろから、可愛らしい声がかかった。
振り返ると、そこに立っていたのは他クラスの美月ちゃんだった。
――え、嘘だろ?
美月ちゃんっていえば、学年で一番可愛いって有名な子だ。小柄で、ふわっとした巻き髪。ほんのり色づいた頬に、大きな瞳。アイドル顔負けのルックスで、男子の間でも話題にならない日はないくらいの人気者。
その美月ちゃんが、なぜか俺に話しかけてきた。
「......俺?」
「うん。ちょっと、いいかな?」
美月ちゃんは、周囲の視線を気にしたように渡り廊下の方を示した。
「......あ、うん」
動揺を隠しきれないまま、美月ちゃんに連れられて人目のつかない場所へと移動する。
え、これ......もしかして、告白じゃね?
正直、心臓がバクバクしていた。こんなシチュエーション、マンガとかでしか見たことねぇぞ?
昼休み、クラスのイケメンが呼び出されて、「好きです、付き合ってください」ってなるやつじゃん。俺、イケメンじゃないけど。
「......あの」
うわっ、本当に可愛いな。美月ちゃんは身をよじりながら、頬を赤らめる。いやいや、落ち着け。そう思おうとするけど、どうしても期待が膨らむ。
だって、美月ちゃんがわざわざ俺を呼び止める理由なんて、それくらいしか思いつかない。
......マジか? 俺、モテ期きた?
変にソワソワしながら、美月ちゃんが話し始めるのを待つ。
「実は私ずっと......」
美月は少し照れくさそうに、でも真剣な目で俺を見つめてきた。その眼差しに俺は息を飲む。
「瑛斗くんのことが好きなの!!」
「......え?」
俺は再びみっともなく声を上げてしまう。そんな俺を他所に美月ちゃんがポケットから何かを取り出して、俺の手にそっと渡す。それは、白い手紙だった。
「これ、瑛斗くんに渡してほしくて......」
魂が抜け出そうな俺のことには気にも止めず、美月ちゃんは白い手紙を差し出した。
「瑛斗に?」
美月ちゃんは頷きながら、少し恥ずかしそうに顔を伏る。
「うん。実は、瑛斗くんに告白したいんだけど、直接言うのはちょっと恥ずかしくて......だから、蒼くんから渡してもらえないかな?」
その言葉に、俺の胸の中で期待していたものが一気に消えた。
告白――それも俺じゃなくて、瑛斗に。
はぁ......そう来たか。
「俺が?」
「うん、お願い。蒼くんなら瑛斗くんと仲良いし、渡してくれる?」
美月ちゃんの目が真剣そのもので、俺が断る理由はない。でも、正直言って、なんだか微妙な気持ちになった。
「......わかった。瑛斗に渡しとくよ」
少しの沈黙の後、断ることも出来ずに俺は渋々、頷いた。
美月ちゃんはにっこりと笑って、封筒をもう一度確認しながら言った。
「じゃあ、お願いね、蒼くん」
そう言って去っていく美月ちゃんの背中をその場で見送った。
はぁ、まじで俺のどきどきを返せよな。それに......美月ちゃんが瑛斗のこと好きだったなんて。
――瑛斗もさすがに美月ちゃんの告白は受け入れるんじゃないか?
だって、美月ちゃんだぞ。学年一の美少女で、性格も明るくて、可愛いなんてもんじゃない。そんな子に好きって言われて、断る理由なんてないはずだ。
もし付き合うことになったら......これからは、今みたいに気軽に瑛斗を誘えなくなるのか。
放課後、コンビニに寄ったり、家でゲームしたり、夜中にラーメン食べに行ったり。
そういうのも、彼女ができたら「今日はデートだから」ってなるんだろうな。
想像すると、なんだかそれは寂しいかもなぁ、なんて思ったりした。
そして教室に戻ると、俺は瑛斗の席に向かいながら、ぼやくように文句を漏らした。
「そもそもなんで俺が......」
手には、美月から託された手紙。
「おー、おかえり......って、それ何持ってんだ?」
瑛斗がちらっとこちらを見てくる。俺は無言で手紙を差し出した。
「これ、お前に渡してくれって」
瑛斗は少し不思議そうに手紙を受け取る。
「ん? 誰からだよ」
「美月ちゃんから。告白の手紙だよ」
俺は淡々と伝えたが、瑛斗は特に驚く様子なかった。それとは対照的に、隣にいた隼人と光輝がすぐに反応した。
「マジかよ! 美月ちゃんって、学年一の美少女じゃん! お前、ついに告白されたんか!?」
隼人が興奮気味に叫び、光輝も続く。
「うわ、すげぇ! それ、めっちゃ羨ましいんだけど! もちろん、付き合うよな?」
「俺、付き合う気はないけど......」
瑛斗は中身も見ずにペラペラとさせていた手紙を机に置く。
俺も含め全員が目を大きく見開いて問い詰める。
「はぁ!? なんでだよ、学年一の美女だぞ? 断る理由ねぇじゃんか!」
「んー、別に彼女とか興味ないし」
瑛斗は興味なさそうに言う。
「マジもったいねぇ! 俺だったら速攻で付き合うのに」
光輝が呆れたように言うが、瑛斗は軽く笑って流す。
「お前、いつも告られても断るよな。どうして付き合わないんだよ?」
「んー、付き合うより......」
瑛斗は俺の方を見つめ、にやりと微笑んだ。
「俺は蒼といるほうが楽しいしな」
何気ない一言だったのに、思わず息が詰まった。
「いやいや、お前さ......」
隼人が頭を抱える。
「普通そういうの、友達とか相棒って言うんじゃねぇの? なんで彼女枠なんだよ!」
「いや、だって実際そうだろ?」
瑛斗は軽く笑いながら言う。
「毎日蒼と一緒にいるし、わざわざ彼女作る理由ないんだよ」
「......」
ふたりは呆れたようにため息を吐いた。
「まぁ、瑛斗に彼女ができるのは癪だから、俺はそっちの方がいいけどな!」
そう言って俺は冗談めかして笑う。
「そうそう、俺に彼女できたら、蒼が寂しがるから」
瑛斗がふっと俺を見て、口元を緩める。
「はぁ!? 寂しくなんかねぇし!」
俺は思わず語気を強める。
なのに――瑛斗はやけに満足そうに微笑んでいた。



