照れくささを紛らわせたくてひたすら食事を続けると、遠慮がちに安村くんが話し始めた。

「あの、言いたくなかったら、言わなくて大丈夫なんですけど」
「うん?」
「前に言ってたじゃないっすか。誰かと食事するのあんま好きじゃないって」
「あー……」
「欲張っちゃいけないんですけど、俺、アサさんと食事すんの楽しくて」

 なんていうか、その、と口ごもりながら、大きな身体を小さくして言葉を探している。いつもより、小さな声で尋ねる。

「なるべく、これからも一緒に食事したいけど……嫌な気持ちにさせたくないから……苦手な理由とか、聞けたらなって……」

 先ほどの軽い調子でストレートな言葉を発していた人とは、まるで別人のようだ。首をすくめ、小さな子どものようにじっと俺の言葉を待っている。

「なんていうか、ちょっと……恥ずかしい話だから、引いちゃうかも」
「いや、引くとかは、絶対ないっす」

 絶対ないんで、と強く言い直す。勢いに気圧され、渋々話し始めた。

「俺、左利きじゃん?」
「ですね」
「小一のとき、担任がおばあちゃん先生だったんだけど……なんか謎に右利きに矯正したがる人だったんだよね」
「あ〜、なんかたまにいますね。年配の人で、とにかく右利きにしろ! みたいな感じの人」
「そそ、そんな感じ。で、給食の時間ってやけに短いじゃん? 俺、結構急いで食べないと間に合わなかったんだよ」
「利き手じゃない方って、食べるのってムズイですよね……」
「そうなんだよ。それで、また謎に『みんなが食べ終わってからが昼休み』みたいなルールがあって、俺のせいでみんな待ってるんだよ」

 脳裏にちらっと、そのときの光景が過ぎる。

「うわ……キツ」
「そーそー、まじでキツくて。なんとかかき込むんだけど、ある日、やっちゃったんだよ」

 直接的な言葉は発さず、ジェスチャーで手で口から放物線を描く。

「これ」
「あー……なるほど」
「もう小一の初期にそんなことしちゃうと、給食中は腫れ物扱いなわけ。そのときから、なんかメシ食ってるところ見られるのがなんか苦手で」
「そうだったんですね……」
「ま、そんな感じ。だいぶ慣れてきたけど、基本的には一人で食った方が気が楽かなって」

 俺の話なのに、なぜか安村くんがしゅんと肩を落としている。

「ちょ、なんでそんなに安村くんがしゅんとしてんのよ」
「なんか……それ聞くと申し訳ないなって……」
「なにが?」
「一緒に食べたい、なんて言っちゃって」

 断りづらかったですよね、とさらに肩を落とす。

「いやいや、そんなに気にしないで!? なんなら、なぜか安村くんは大丈夫ってか」
「……そうなんですか……?」
「うん、なんでか不思議なんだけど、なんかあんまり気にならないっていうか」

 なぜか、俺が励ます側についている。なぜだ。

「だから、なんていうか、その……気にしなくていいよって言うのも変だけど」
「……いやになったら、いつでも言ってくださいね?」
「うん、わかった」
「しんどかったこと、言わせちゃってすいませんでした」
「ううん、大丈夫大丈夫」

 力なく眉尻を下げ「言ってもらえて、嬉しかったです」と言って力なく微笑んだ。

 小学校で学年があがると担任が替わって謎のルールはなくなったし、周囲からのプレッシャーからは次第に解放された。
 中学校では弁当持参となったこともあり、小学校時代のこの話は中学校以降に出会った人にはあまりしてこなかった。なるべく外での食事時間は短くなるように、おにぎりやパンを少し食べるぐらいだったので、本当に親しい友達数人以外の同級生は俺のことを小食だと思っているだろう。
 
 自分の中でうじうじと溜め込んでいた膿を、出したことで少し心が軽くなった気がする。

 思いがけずきっかけをくれた安村くんに、心の中でそっとお礼を言った。