何度か一緒に食事をするようになって、安村くんは本当に小食であることがわかった(疑っていたわけではないが)。
ヤマダ亭の親父さんは頑固そうな見かけによらず(失礼)流行りに敏感なのか、ヤマダ亭のお惣菜は定期的に新作が入る。
最近特にそのスパンが短くなり、そしておいしいものが格段に増えた。そのことを力説してもう少し食べさそうとしても、安村くんの食べる量は全然増えない。
たまに「今日は腹へったっす」とか言って少しだけおかわりするぐらい。
基本的にはお弁当とお惣菜を満遍なく少しずつ食べ、後は俺が食べているところを見ていることが多くなった。
その日いつもより早く食べ終えた安村くんは、俺が食べるのをじっと無言で見守っていた。
なぜだか、すっかり俺も安村くんに見られるのは慣れてきたけれど、見られ続けるとどうしてもソワソワしてしまう。
これまで感じていた居心地の悪さとは、全くもって別物ではあるが。
「……見られすぎて、なんか食べにくいんだけど」
目を合わせないように、目の前のお皿を見ながらぼそぼそと口にする。
「気にしなくていっすよ」
気にしなくていいって言われてもなぁ。かと言って、小食な人に無理に食べさせるにはいかないし。
食べさせる以外に、じっと見られずに済む方法はなにかないか……考えを巡らせていると、名案が浮かんだ。
「じゃあさ、なんか話してよ」
俺が顔を上げると、頬杖をついてこちらを見ていた安村くんと目が合う。
「話す?」
「そう、俺が食べてる間、なんか話して」
なにか話してくれていた方が、じっと見られるよりは気持ちが楽だ。
それに、口数の少ない安村くんはあまり自分の話をしないから、純粋に安村くんについて話を聞いてみたい気持ちもある。
「なんかって……フリートーク、むずいっす」
「なんでもいいから」
「じゃあ、アサさんから質問してください」
「えーっと……じゃあ、趣味は?」
「ぶ、趣味って」
お見合いじゃないんだから、と言いながら両手で手のひらを口元に当てる。
口元は見えないが、下がった眉尻と目尻で笑っていることがわかる。
安村くんの穏やかな微笑みを見るたび、温かい味噌汁を口にしたときのような、じんわりと温かくて柔らかい気持ちが胸に広がる。
これまで何度か笑顔を目にしてきたが、その貴重さも相まって毎度どきっとしてしまう。
「他に聞くことないんスか」とか小声で言いつつも、「趣味かぁ」と考える口調になって真顔に戻る。ちゃんと答えようとして、真面目だな。
ううんと少し唸った後「しいて言うなら、料理かな」と腕を組む。
その言葉を聞き、先日のこんにゃくのピリ辛煮がすぐに思い浮かんだ。
「そういえば、前に安村くんが作った料理食べたな」
「てゆうか、これも俺が作ったっす」
安村くんはテーブルに広がった惣菜に向け、指先で大きく円を描く。
思いもしなかった発言を聞き、えっ、と声が漏れる。
「この玉子のやつ?」
「キッシュのことっすか?」
「キッシュっていうの?このお洒落な玉子焼き」
「そっすよ」
「このさつま芋ものやつも?」
「はい。それ、グラッセってやつです」
「ぐら? なんて?」
「グラッセ、です。てゆうか、お弁当以外は全部っすよ」
先ほどより、大きい円を指先でぐるぐると空中に描く。
「えぇ……」
料理ってほどでもないとか前のときは言ってたくせに、めっちゃ料理じゃんか。しかも、どれもおいしいときた。
顔が整ってて、高身長で、いいガタイで、ちょっと天然で、さらに料理ができるって……完璧すぎて、もはや怖くなってきた。
「最近、おいしいおかず増えたなって思ってたのって、もしかして……」
「いやぁ、なんか、めっちゃ褒めてもらえるんで、言うタイミング逃しちゃって。副店長が忙しそうなんで、出勤日は副菜の仕込みとか手伝ってるんです」
店長が作ってるやつもあるんスけど、と言って少し俯き気味になり、指でぽりぽりとこめかみを掻く。
あ、これ、こんにゃくの話のときも見た。こめかみを掻くのは、照れてるときの癖なんだろうな。
一緒に過ごす時間が長くなるにつれ、様々な安村くんが垣間見えるようになってきたように思えて嬉しくなる。
「……別に隠してたわけじゃないっすよ」
「言ってくれてもいいじゃん。本人を目の前に褒めちぎって、なんか恥ずいわ」
「せっかく褒めてくれてるし、いっかなって」
あぐらをかいた太ももの上で、関節の目立つ指をもじもじと絡ませる。
大きい身体とのギャップが可笑しい。
にしても、作った本人に向かって「こんなにおいしいんだから、もうちょっと食べろよ」なんて言ってたなんて。
恥ずかしさを誤魔化すために、食べ進めながら「そうだ、趣味の話だった」と強引に話を戻す。
「料理が好きになったきっかけとかあるの? 俺、一人暮らし長いけど、全く自炊する気が起きないんだよね」
きっかけ、と口元で言い、天井を仰いで思考する。
「しいて言うなら、じいちゃんばあちゃんですかね」
「おじいちゃんとおばあちゃん? 安村くんの?」
そっす、と首を一度縦に振る。
「配送会社の社員食堂で働いてたんスよ。そういうとこって何十人分って作るんがデフォなんで、感覚がマヒすんのか家でも大量に作ってて」
毎回毎回、普通に作りすぎっすよ、と少し困ったように眉尻を下げて微笑む。その少しの言動で、安村くんの祖父母に対する想いがひしひしと伝わってきた。
「家が近くてよく一緒に食べてたんで、準備を手伝ってたのがきっかけかもしれないっす」
「へぇ〜。何歳ぐらいから手伝い始めたの?」
「小学校入って、すぐぐらいですかね」
「お手伝いだけで、料理好きになるもんかなぁ」
自分の幼少期を振り返る。一応お手伝い経験はあるが、料理が好きになる見込みは全くないが……
「なんていうか、俺の場合は親とか集まった親戚とかに『おいしい』言ってもらえたり、褒めてもらえたりすることに目覚めたっていうか。なんかやる気出ちゃって」
確かに、自分の料理を褒められたら、さぞ嬉しいに違いない。自炊したことがないから、経験したことはないが。
「でも、じいちゃんとばあちゃんどっちも亡くなってから、親戚が集まる機会減っちゃって……今はたまに家でなんか作るぐらいっすね」
「あぁ……そうだったんだ」
自分から振った話が明るくない結末に行き着いたことに罪悪感を覚え、続ける言葉が見つからずに黙り込んでしまう。
「あ、でも、もう三年ぐらい経ってるんで、そんな気にしなくて大丈夫っすよ」
いつものように平坦な声ではあるものの、こちらを気遣ってくれる言い方に安村くんの優しさを感じた。
「そっか……料理が好きなら、飲食店でバイトするのは考えなかったの?」
厨房に入って調理ができるアルバイト先なら、いくらでもありそうなのに。
「あー……実は、ヤマダ亭の前に何個かやったんスよ。居酒屋とかカフェとか、飲食系」
「あ、そうなんだ」
そうだよな。求人の件数的にも、その辺のバイトをするのが手っ取り早いはずだ。
「なんですけど、まぁ、ちょっと」と、急に歯切れが悪くなる。
「接客が嫌とか? まぁクレーマーとか多そうだしな」
「いや、接客はそこまで苦じゃないんスけど。なんていうか……ちょっと、色々あって」
明らかに言いにくそうに、語尾が尻すぼみになっていく。
「色々?」
「……お客さんに連絡先渡されたり、バイト仲間に付きまとわれたり、ちょっと面倒なことが頻繁に起きるんですよね」
ーーあぁ、なるほど。要するに、周りの女子たちが安村くんみたいな優良物件に群がってくるわけだ。
「モテるって大変なんだな」
「いや、モテるってのとは、ちがう気がするんですけど」
「ちがうの?」
「全然知らない人に、急にそういうことされるのがちょっとキツいっていうか……我慢すればいいだけの話なんですけど、そういうのが続くと結構しんどくて」
連絡先を向かうから渡されるなんて経験がない俺には、理解し難い心境ではあるが……モテすぎると大変なんだなと新たな知見を得た。
「大変だったんだな」
「まぁ……そんでまたバイト探さないとなって思ってたとき、たまたまヤマダ亭の求人見つけて。弁当屋だったらいけるかもって応募したんです」
「なるほどね」
ヤマダ亭のメインターゲットは男性だろうから、確かにこれまでのようなトラブルの発生確率はぐんと下がりそうだ。
「でも、次は店長から嫌がらせされてるじゃん」と、わざと茶化すように、おどけて声をかける。
「いやぁ、それは予想外でしたね」
身体を少し丸め、腕組みをして苦笑する。何気ない仕草なのに、いちいち様になっていることに感心すら覚える。
「でも、店長のおかげで、こうやってアサさんと一緒に食事できるようになって嬉しいんで」
結果オーライっす、と真顔でぴっと親指を立てる。
投げられた直球ど真ん中の言葉に、耳がほんのり熱くなっていくのがわかる。
安村くんは他意なく発言しているだろうに、間に受けて照れているのが恥ずかしい。
「あっそ」とわざとぶっきらぼうな口調で返し、キッシュを口に放り込んだ。
ヤマダ亭の親父さんは頑固そうな見かけによらず(失礼)流行りに敏感なのか、ヤマダ亭のお惣菜は定期的に新作が入る。
最近特にそのスパンが短くなり、そしておいしいものが格段に増えた。そのことを力説してもう少し食べさそうとしても、安村くんの食べる量は全然増えない。
たまに「今日は腹へったっす」とか言って少しだけおかわりするぐらい。
基本的にはお弁当とお惣菜を満遍なく少しずつ食べ、後は俺が食べているところを見ていることが多くなった。
その日いつもより早く食べ終えた安村くんは、俺が食べるのをじっと無言で見守っていた。
なぜだか、すっかり俺も安村くんに見られるのは慣れてきたけれど、見られ続けるとどうしてもソワソワしてしまう。
これまで感じていた居心地の悪さとは、全くもって別物ではあるが。
「……見られすぎて、なんか食べにくいんだけど」
目を合わせないように、目の前のお皿を見ながらぼそぼそと口にする。
「気にしなくていっすよ」
気にしなくていいって言われてもなぁ。かと言って、小食な人に無理に食べさせるにはいかないし。
食べさせる以外に、じっと見られずに済む方法はなにかないか……考えを巡らせていると、名案が浮かんだ。
「じゃあさ、なんか話してよ」
俺が顔を上げると、頬杖をついてこちらを見ていた安村くんと目が合う。
「話す?」
「そう、俺が食べてる間、なんか話して」
なにか話してくれていた方が、じっと見られるよりは気持ちが楽だ。
それに、口数の少ない安村くんはあまり自分の話をしないから、純粋に安村くんについて話を聞いてみたい気持ちもある。
「なんかって……フリートーク、むずいっす」
「なんでもいいから」
「じゃあ、アサさんから質問してください」
「えーっと……じゃあ、趣味は?」
「ぶ、趣味って」
お見合いじゃないんだから、と言いながら両手で手のひらを口元に当てる。
口元は見えないが、下がった眉尻と目尻で笑っていることがわかる。
安村くんの穏やかな微笑みを見るたび、温かい味噌汁を口にしたときのような、じんわりと温かくて柔らかい気持ちが胸に広がる。
これまで何度か笑顔を目にしてきたが、その貴重さも相まって毎度どきっとしてしまう。
「他に聞くことないんスか」とか小声で言いつつも、「趣味かぁ」と考える口調になって真顔に戻る。ちゃんと答えようとして、真面目だな。
ううんと少し唸った後「しいて言うなら、料理かな」と腕を組む。
その言葉を聞き、先日のこんにゃくのピリ辛煮がすぐに思い浮かんだ。
「そういえば、前に安村くんが作った料理食べたな」
「てゆうか、これも俺が作ったっす」
安村くんはテーブルに広がった惣菜に向け、指先で大きく円を描く。
思いもしなかった発言を聞き、えっ、と声が漏れる。
「この玉子のやつ?」
「キッシュのことっすか?」
「キッシュっていうの?このお洒落な玉子焼き」
「そっすよ」
「このさつま芋ものやつも?」
「はい。それ、グラッセってやつです」
「ぐら? なんて?」
「グラッセ、です。てゆうか、お弁当以外は全部っすよ」
先ほどより、大きい円を指先でぐるぐると空中に描く。
「えぇ……」
料理ってほどでもないとか前のときは言ってたくせに、めっちゃ料理じゃんか。しかも、どれもおいしいときた。
顔が整ってて、高身長で、いいガタイで、ちょっと天然で、さらに料理ができるって……完璧すぎて、もはや怖くなってきた。
「最近、おいしいおかず増えたなって思ってたのって、もしかして……」
「いやぁ、なんか、めっちゃ褒めてもらえるんで、言うタイミング逃しちゃって。副店長が忙しそうなんで、出勤日は副菜の仕込みとか手伝ってるんです」
店長が作ってるやつもあるんスけど、と言って少し俯き気味になり、指でぽりぽりとこめかみを掻く。
あ、これ、こんにゃくの話のときも見た。こめかみを掻くのは、照れてるときの癖なんだろうな。
一緒に過ごす時間が長くなるにつれ、様々な安村くんが垣間見えるようになってきたように思えて嬉しくなる。
「……別に隠してたわけじゃないっすよ」
「言ってくれてもいいじゃん。本人を目の前に褒めちぎって、なんか恥ずいわ」
「せっかく褒めてくれてるし、いっかなって」
あぐらをかいた太ももの上で、関節の目立つ指をもじもじと絡ませる。
大きい身体とのギャップが可笑しい。
にしても、作った本人に向かって「こんなにおいしいんだから、もうちょっと食べろよ」なんて言ってたなんて。
恥ずかしさを誤魔化すために、食べ進めながら「そうだ、趣味の話だった」と強引に話を戻す。
「料理が好きになったきっかけとかあるの? 俺、一人暮らし長いけど、全く自炊する気が起きないんだよね」
きっかけ、と口元で言い、天井を仰いで思考する。
「しいて言うなら、じいちゃんばあちゃんですかね」
「おじいちゃんとおばあちゃん? 安村くんの?」
そっす、と首を一度縦に振る。
「配送会社の社員食堂で働いてたんスよ。そういうとこって何十人分って作るんがデフォなんで、感覚がマヒすんのか家でも大量に作ってて」
毎回毎回、普通に作りすぎっすよ、と少し困ったように眉尻を下げて微笑む。その少しの言動で、安村くんの祖父母に対する想いがひしひしと伝わってきた。
「家が近くてよく一緒に食べてたんで、準備を手伝ってたのがきっかけかもしれないっす」
「へぇ〜。何歳ぐらいから手伝い始めたの?」
「小学校入って、すぐぐらいですかね」
「お手伝いだけで、料理好きになるもんかなぁ」
自分の幼少期を振り返る。一応お手伝い経験はあるが、料理が好きになる見込みは全くないが……
「なんていうか、俺の場合は親とか集まった親戚とかに『おいしい』言ってもらえたり、褒めてもらえたりすることに目覚めたっていうか。なんかやる気出ちゃって」
確かに、自分の料理を褒められたら、さぞ嬉しいに違いない。自炊したことがないから、経験したことはないが。
「でも、じいちゃんとばあちゃんどっちも亡くなってから、親戚が集まる機会減っちゃって……今はたまに家でなんか作るぐらいっすね」
「あぁ……そうだったんだ」
自分から振った話が明るくない結末に行き着いたことに罪悪感を覚え、続ける言葉が見つからずに黙り込んでしまう。
「あ、でも、もう三年ぐらい経ってるんで、そんな気にしなくて大丈夫っすよ」
いつものように平坦な声ではあるものの、こちらを気遣ってくれる言い方に安村くんの優しさを感じた。
「そっか……料理が好きなら、飲食店でバイトするのは考えなかったの?」
厨房に入って調理ができるアルバイト先なら、いくらでもありそうなのに。
「あー……実は、ヤマダ亭の前に何個かやったんスよ。居酒屋とかカフェとか、飲食系」
「あ、そうなんだ」
そうだよな。求人の件数的にも、その辺のバイトをするのが手っ取り早いはずだ。
「なんですけど、まぁ、ちょっと」と、急に歯切れが悪くなる。
「接客が嫌とか? まぁクレーマーとか多そうだしな」
「いや、接客はそこまで苦じゃないんスけど。なんていうか……ちょっと、色々あって」
明らかに言いにくそうに、語尾が尻すぼみになっていく。
「色々?」
「……お客さんに連絡先渡されたり、バイト仲間に付きまとわれたり、ちょっと面倒なことが頻繁に起きるんですよね」
ーーあぁ、なるほど。要するに、周りの女子たちが安村くんみたいな優良物件に群がってくるわけだ。
「モテるって大変なんだな」
「いや、モテるってのとは、ちがう気がするんですけど」
「ちがうの?」
「全然知らない人に、急にそういうことされるのがちょっとキツいっていうか……我慢すればいいだけの話なんですけど、そういうのが続くと結構しんどくて」
連絡先を向かうから渡されるなんて経験がない俺には、理解し難い心境ではあるが……モテすぎると大変なんだなと新たな知見を得た。
「大変だったんだな」
「まぁ……そんでまたバイト探さないとなって思ってたとき、たまたまヤマダ亭の求人見つけて。弁当屋だったらいけるかもって応募したんです」
「なるほどね」
ヤマダ亭のメインターゲットは男性だろうから、確かにこれまでのようなトラブルの発生確率はぐんと下がりそうだ。
「でも、次は店長から嫌がらせされてるじゃん」と、わざと茶化すように、おどけて声をかける。
「いやぁ、それは予想外でしたね」
身体を少し丸め、腕組みをして苦笑する。何気ない仕草なのに、いちいち様になっていることに感心すら覚える。
「でも、店長のおかげで、こうやってアサさんと一緒に食事できるようになって嬉しいんで」
結果オーライっす、と真顔でぴっと親指を立てる。
投げられた直球ど真ん中の言葉に、耳がほんのり熱くなっていくのがわかる。
安村くんは他意なく発言しているだろうに、間に受けて照れているのが恥ずかしい。
「あっそ」とわざとぶっきらぼうな口調で返し、キッシュを口に放り込んだ。

