安村くんのてきぱきとした動きで、ローテーブルにお弁当やお惣菜が並べられる。
「お皿出そうか」
「や、いっすよ。洗い物でちゃうし」
これで食うんで、と透明なプラスチックのフタを自分の前に置く。フタをお皿がわりに使うのは俺もよくやることだけど、誰かがやっているのを見るとなんだか気になってしまう。
「チンするし、やっぱお皿出すよ」
「……そっすか」
食器棚から二枚のプレート皿を出し、テーブルに置いた。律儀に「あざっす」と小さく頭を下げる。
「まだ口つけてない箸だから、そのままお互い盛っちゃおうか」
「そっすね」
お互いに割り箸を手にし、盛り付ける。
今日注文したのは、麻婆茄子弁当(もちろん大盛り)だ。そして安村くんがもらってきた惣菜は、レンコンのきんぴら、ピーマンとちくわの炒め物、パプリカのマリネ、厚揚げの煮物の四種類だった。どれも定番の、ヤマダ亭のおいしい副菜たち。
マリネはそのまま食べるとして、他の三種類をこんもりとお皿に盛る。
このぐらいにするか、と安村くんのお皿に目を向けると、どれもほんのちょっとずつしかお皿に載せていない。
最後に、麻婆茄子弁当から少しだけ白飯を移した。
「小食って、まじなんだ」
「まじっす」
「それでお腹いっぱいになるの?」
「んー……いっぱいにはなんないけど、別にいっぱいにしなくていいっていうか」
「へぇ、そういうもんなんだ」
「そういうもんっす」
お腹いっぱい、食べられるだけ食べたい自分とは大違いだ。
「なのに、なんでそんなにデカいの?」
「なんでですかね」
口をゆるやかにへの字にして、首を傾げる。
「体質かもしれないっす」
「体質かぁ。朝ごはんとかは?」
「プロテイン飲んでますね」
摂取エネルギーが少ないのに、そんなにデカくなれるなんて。なんて省エネなんだ。
俺なんか母親に「アンタ、食べる割に身長伸びないねー。燃費わるっ」なんて言われるぐらいなのに。
まず安村くんのお皿をレンジに入れ、スイッチを押す。ぴっという電子音に「あ、でも」と安村くんの声が重なった。
「高校のときは、もうちょっと食ってました。部活で、身体デカくしないとだったんで」
高校というフレーズで、中川の話が自動的に思い起こされる。
「あぁ、そうなんだ」
なんとなく、ぎくしゃくとした声音になる。
「なにやってたの?」
「野球っす」
それを聞き、腹落ちした。思い返してみると、これまでの安村くんの言動は、確かに野球部のそれっぽい。
野球部だったことはないので、なんとなくだけど。
「引退してから、食べる量減った感じ?」
「……んー、引退してからってより」
ピー、ピー。
あたため完了を告げる電子音が響いた。お皿を取り替え、再度スイッチを押す。
「ごめん、なんだったっけ」
「いや、なんでもないっす」
「え、途中だったじゃん」
「そんな楽しい話じゃないんで」
あの噂の詳細を知りたい気持ちはあるが、安村くんの様子からして深掘りすべきじゃないだろう。
「じゃ、とりあえず食べよっか」
自然と二人とも手のひらを合わせ、ぴたりと視線が交わる。
「いただきます」と二人の声が重なった。
しばし、無言の時間が流れる。安村くんの見た目からするとガツガツモリモリって感じで食べそうなのに、ちょこちょことゆっくり食べる様子はなんだか微笑ましい。
誰かと一緒に食事をするときはどうしても相手の反応や会話に意識がいってしまい、どうしても集中できないことが多い。
いつからか、一人で食べる方が気が楽になっていた。
けれど、安村くんは黙々と自分のペースで食べ続けるので、俺も俺のペースで食事を進められる。
あっという間に麻婆茄子弁当もお惣菜もぺろりと平らげてしまい、いつになく開放的な気分で安村くんが食事する様子を見るともなしに見る。
俺の視線に気づいたのか、安村くんがこちらに顔を向けた。
「もう食べたんスか」
「うん」
すげー、と小さい声で漏らす。
「アサさん、まじで食いますね」
「そう、まじなんだ。まだ食べれる」
「すご」
同じような相づちを繰り返す安村くんに、思わず吹き出してしまう。
「すごくは、ないでしょ」
「すごいっすよ。てゆうか、めっちゃうまそうに食いますね」
食べてるところ、見られてたのか。
いつもは見られてるかどうかすぐ気がつくのに、全然気づかなかった。
「そ、そうかな」
そっすよ、と呟き、安村くんは最後に残っていたきんぴらを大きな口に入れる。しっかりと咀嚼してごくりと飲み込んでから、再び口を開けた。
「勘違いだったら申し訳ないんですけど」
「ん?」
「もしかして、誰かと食事するの、苦手な感じっすか?」
「え、」
なんで、と尋ねる声が掠れ、もう一度言い直す。
「な、なんで?」
訊き返すと、小首を傾げて「食堂で見かけたときの雰囲気で、なんとなく?」と言う。
これまで誰かに悟られたことはなかったのに、出会って間もない安村くんに見抜かれてしまい内心驚く。
隠しても仕方がないので、正直に話すことにする。
「そうなんだよね、実は」
「やっぱり」
「これまで気づかれたことなかったのに、鋭いね」
「そんなことないっすよ。たまたまっす」
お惣菜が入っていたプラ容器を片付けながら、安村くんは続ける。
「なんか理由があるんスか?」
ーー理由。
間違いなく、あれだ。今でもたまに思い出す、あの出来事。
「あ、言いにくかったら言わなくて全然大丈夫っす」
言い淀んでいる俺の空気をすぐに察知し、安村くんがさっぱりとした口調で言った。
「単純に、もったいないなって思っただけなんで」
「もったいない……?」
「なんか、アサさんと食うと、いつもよりうまく感じるっていうか」
「え?」
「一緒に食べる人をそんな気持ちにさせる食べ方って、そうそうできないと思うんで」
「そ、そう」
「言われたことないっすか? おいしそうに食べるねって」
「いや、あんまりないかな……」
こんな褒め言葉(?)を言われたことがないので、少し面映い思いでつい俯いてしまう。
「そんな感じなのに、今日はありがとうございました。俺が腹ペコだからって、気を遣ってもらって」
「いやいや、気にしないで。俺が声かけたんだし。それに」
「それに?」
「なんか、安村くんは、全然気にならなかった……っていうか」
思い返してみると、なぜだか今日は力を抜いて食事できたのだ。ここ最近で、一番自然に食事ができていた。
自然と口から出た言葉を頭の中で反芻していると、高飛車ともとれる発言だったと焦りを覚え始めた。
「ご、ごめん。なんか、上から目線な発言だな。忘れて」
慌てる俺に、ぷ、と安村くんが吹き出す。
「それならよかったっす。俺はアサさんのおかげでおいしくご飯が食べられたんで」
どういう方向性でこの言葉を受け取ればいいのか戸惑ってしまい二の句が継げずにいると、沈黙は「あの」という安村くんの声で破られた。
「もしアサさんが嫌じゃなければ、また、食べに来ていっすか」
予想外の言葉にぱっと顔を上げると、食堂のときのように、真っ直ぐにこちらを見据える安村くんの顔があった。
じっとこちらを見る眼差しは、やっぱりどこか大型犬のようだ。ゴールデンレトリバーとかじゃなく、シェパードみたいな、オオカミ寄りのやつ。
俺がなにも言わないからか、「無理なら、断ってもらって大丈夫なんで」と小さな声で口にする。
言葉とは裏腹に明らかに声のトーンは落ちている。あるはずのないのに、いかにも残念そうにぺたりと垂れた耳や尻尾まで見えるようだ。
誰かと食べるよりは、一人で食べたい。常にそう思っていたはずが、しょげた安村くんを前にするとなぜだか断ることができなかった。
それに、安村くんとの食事は自分が自然体になれていたことも大きい。
「や、無理じゃ、ないけど」
「いいんスか」
そう言って、少しだけ目を見開く。
ほんのわずかな動きなので大きく表情は変わらないが、いつもより少し早口になっていることからも気持ちが高揚していることが伝わってきた。イマジナリー尻尾もぶんぶん振られている。
「バイト終わり、うちに寄ってご飯食べるだけでしょ」
「......嬉しいっす」
あぐらをかいた膝に手を置き、「お願いします」と仰々しい動きでぺこりと頭を下げた。
中川から聞いた安村くんの噂は頭にあったものの、つい状況に流されて了承してしまった。
今日一緒に過ごした感じは悪い人ではなさそうだし、話していると冷たいという印象は抱かなかった。無愛想っていうより、ただ真顔が多くて、口数がちょっと控えめなだけなのかもしれない。
それに、誰かと食事をすることに前向きな気持ちになれていたことは、大きな前進だったように思う。
こうして、俺と安村くんは週に四日、一緒に食事をすることになった。
「お皿出そうか」
「や、いっすよ。洗い物でちゃうし」
これで食うんで、と透明なプラスチックのフタを自分の前に置く。フタをお皿がわりに使うのは俺もよくやることだけど、誰かがやっているのを見るとなんだか気になってしまう。
「チンするし、やっぱお皿出すよ」
「……そっすか」
食器棚から二枚のプレート皿を出し、テーブルに置いた。律儀に「あざっす」と小さく頭を下げる。
「まだ口つけてない箸だから、そのままお互い盛っちゃおうか」
「そっすね」
お互いに割り箸を手にし、盛り付ける。
今日注文したのは、麻婆茄子弁当(もちろん大盛り)だ。そして安村くんがもらってきた惣菜は、レンコンのきんぴら、ピーマンとちくわの炒め物、パプリカのマリネ、厚揚げの煮物の四種類だった。どれも定番の、ヤマダ亭のおいしい副菜たち。
マリネはそのまま食べるとして、他の三種類をこんもりとお皿に盛る。
このぐらいにするか、と安村くんのお皿に目を向けると、どれもほんのちょっとずつしかお皿に載せていない。
最後に、麻婆茄子弁当から少しだけ白飯を移した。
「小食って、まじなんだ」
「まじっす」
「それでお腹いっぱいになるの?」
「んー……いっぱいにはなんないけど、別にいっぱいにしなくていいっていうか」
「へぇ、そういうもんなんだ」
「そういうもんっす」
お腹いっぱい、食べられるだけ食べたい自分とは大違いだ。
「なのに、なんでそんなにデカいの?」
「なんでですかね」
口をゆるやかにへの字にして、首を傾げる。
「体質かもしれないっす」
「体質かぁ。朝ごはんとかは?」
「プロテイン飲んでますね」
摂取エネルギーが少ないのに、そんなにデカくなれるなんて。なんて省エネなんだ。
俺なんか母親に「アンタ、食べる割に身長伸びないねー。燃費わるっ」なんて言われるぐらいなのに。
まず安村くんのお皿をレンジに入れ、スイッチを押す。ぴっという電子音に「あ、でも」と安村くんの声が重なった。
「高校のときは、もうちょっと食ってました。部活で、身体デカくしないとだったんで」
高校というフレーズで、中川の話が自動的に思い起こされる。
「あぁ、そうなんだ」
なんとなく、ぎくしゃくとした声音になる。
「なにやってたの?」
「野球っす」
それを聞き、腹落ちした。思い返してみると、これまでの安村くんの言動は、確かに野球部のそれっぽい。
野球部だったことはないので、なんとなくだけど。
「引退してから、食べる量減った感じ?」
「……んー、引退してからってより」
ピー、ピー。
あたため完了を告げる電子音が響いた。お皿を取り替え、再度スイッチを押す。
「ごめん、なんだったっけ」
「いや、なんでもないっす」
「え、途中だったじゃん」
「そんな楽しい話じゃないんで」
あの噂の詳細を知りたい気持ちはあるが、安村くんの様子からして深掘りすべきじゃないだろう。
「じゃ、とりあえず食べよっか」
自然と二人とも手のひらを合わせ、ぴたりと視線が交わる。
「いただきます」と二人の声が重なった。
しばし、無言の時間が流れる。安村くんの見た目からするとガツガツモリモリって感じで食べそうなのに、ちょこちょことゆっくり食べる様子はなんだか微笑ましい。
誰かと一緒に食事をするときはどうしても相手の反応や会話に意識がいってしまい、どうしても集中できないことが多い。
いつからか、一人で食べる方が気が楽になっていた。
けれど、安村くんは黙々と自分のペースで食べ続けるので、俺も俺のペースで食事を進められる。
あっという間に麻婆茄子弁当もお惣菜もぺろりと平らげてしまい、いつになく開放的な気分で安村くんが食事する様子を見るともなしに見る。
俺の視線に気づいたのか、安村くんがこちらに顔を向けた。
「もう食べたんスか」
「うん」
すげー、と小さい声で漏らす。
「アサさん、まじで食いますね」
「そう、まじなんだ。まだ食べれる」
「すご」
同じような相づちを繰り返す安村くんに、思わず吹き出してしまう。
「すごくは、ないでしょ」
「すごいっすよ。てゆうか、めっちゃうまそうに食いますね」
食べてるところ、見られてたのか。
いつもは見られてるかどうかすぐ気がつくのに、全然気づかなかった。
「そ、そうかな」
そっすよ、と呟き、安村くんは最後に残っていたきんぴらを大きな口に入れる。しっかりと咀嚼してごくりと飲み込んでから、再び口を開けた。
「勘違いだったら申し訳ないんですけど」
「ん?」
「もしかして、誰かと食事するの、苦手な感じっすか?」
「え、」
なんで、と尋ねる声が掠れ、もう一度言い直す。
「な、なんで?」
訊き返すと、小首を傾げて「食堂で見かけたときの雰囲気で、なんとなく?」と言う。
これまで誰かに悟られたことはなかったのに、出会って間もない安村くんに見抜かれてしまい内心驚く。
隠しても仕方がないので、正直に話すことにする。
「そうなんだよね、実は」
「やっぱり」
「これまで気づかれたことなかったのに、鋭いね」
「そんなことないっすよ。たまたまっす」
お惣菜が入っていたプラ容器を片付けながら、安村くんは続ける。
「なんか理由があるんスか?」
ーー理由。
間違いなく、あれだ。今でもたまに思い出す、あの出来事。
「あ、言いにくかったら言わなくて全然大丈夫っす」
言い淀んでいる俺の空気をすぐに察知し、安村くんがさっぱりとした口調で言った。
「単純に、もったいないなって思っただけなんで」
「もったいない……?」
「なんか、アサさんと食うと、いつもよりうまく感じるっていうか」
「え?」
「一緒に食べる人をそんな気持ちにさせる食べ方って、そうそうできないと思うんで」
「そ、そう」
「言われたことないっすか? おいしそうに食べるねって」
「いや、あんまりないかな……」
こんな褒め言葉(?)を言われたことがないので、少し面映い思いでつい俯いてしまう。
「そんな感じなのに、今日はありがとうございました。俺が腹ペコだからって、気を遣ってもらって」
「いやいや、気にしないで。俺が声かけたんだし。それに」
「それに?」
「なんか、安村くんは、全然気にならなかった……っていうか」
思い返してみると、なぜだか今日は力を抜いて食事できたのだ。ここ最近で、一番自然に食事ができていた。
自然と口から出た言葉を頭の中で反芻していると、高飛車ともとれる発言だったと焦りを覚え始めた。
「ご、ごめん。なんか、上から目線な発言だな。忘れて」
慌てる俺に、ぷ、と安村くんが吹き出す。
「それならよかったっす。俺はアサさんのおかげでおいしくご飯が食べられたんで」
どういう方向性でこの言葉を受け取ればいいのか戸惑ってしまい二の句が継げずにいると、沈黙は「あの」という安村くんの声で破られた。
「もしアサさんが嫌じゃなければ、また、食べに来ていっすか」
予想外の言葉にぱっと顔を上げると、食堂のときのように、真っ直ぐにこちらを見据える安村くんの顔があった。
じっとこちらを見る眼差しは、やっぱりどこか大型犬のようだ。ゴールデンレトリバーとかじゃなく、シェパードみたいな、オオカミ寄りのやつ。
俺がなにも言わないからか、「無理なら、断ってもらって大丈夫なんで」と小さな声で口にする。
言葉とは裏腹に明らかに声のトーンは落ちている。あるはずのないのに、いかにも残念そうにぺたりと垂れた耳や尻尾まで見えるようだ。
誰かと食べるよりは、一人で食べたい。常にそう思っていたはずが、しょげた安村くんを前にするとなぜだか断ることができなかった。
それに、安村くんとの食事は自分が自然体になれていたことも大きい。
「や、無理じゃ、ないけど」
「いいんスか」
そう言って、少しだけ目を見開く。
ほんのわずかな動きなので大きく表情は変わらないが、いつもより少し早口になっていることからも気持ちが高揚していることが伝わってきた。イマジナリー尻尾もぶんぶん振られている。
「バイト終わり、うちに寄ってご飯食べるだけでしょ」
「......嬉しいっす」
あぐらをかいた膝に手を置き、「お願いします」と仰々しい動きでぺこりと頭を下げた。
中川から聞いた安村くんの噂は頭にあったものの、つい状況に流されて了承してしまった。
今日一緒に過ごした感じは悪い人ではなさそうだし、話していると冷たいという印象は抱かなかった。無愛想っていうより、ただ真顔が多くて、口数がちょっと控えめなだけなのかもしれない。
それに、誰かと食事をすることに前向きな気持ちになれていたことは、大きな前進だったように思う。
こうして、俺と安村くんは週に四日、一緒に食事をすることになった。

