中川から聞いた話は気になるものの、予定通り翌週から、俺の都合がつく日は安村くんが退勤する二十二時すぎにヤマダ亭に行くことになった。彼のシフトは曜日固定で、月・火・木・金の週四日。
都合のつく日とは言っても、俺の日常はルーティン化されているので、都合がつかない日はほとんどない(悲しいやら情けないやら)。
付き合いで籍を置いているフットサルサークルにたまに顔を出したり、細々と土日だけ出勤し続けているアルバイト先の塾に行ったりするぐらい。それと、たまーにサークルメンバーの少人数で飲みに行くぐらい。
俺の所属するサークルは男ばかりだし、バイト先は子どもばかりだしで、突発的に楽しげな雰囲気の予定が入ることはあまりないのだ。
そんなこんなで、お惣菜授受の三日目となる木曜日を迎えた。
安村くんの帰る時間を見計らって、いつも通り電話でお弁当を注文してから店に行く。
店の前に着くと、すでに安村くんが店の前で待っていた。鼻の頭がほんのり赤くなっている。
「あれ、ごめん。待たせちゃった?」
「全然っす。さっき、店長が早めに出勤してきたんスよ。早く上がっていいって言ってくれて」
「そうだったんだ」
がさ、と音がして、ビニール袋が差し出される。
「お金、払っときました」
「えっなんかごめん」
「全然。現金でもいいし、送金でも大丈夫っす」
「おけ、ちょっと待って」
ビニール袋を受け取り、もたもたとポケットからスマホを取り出して送金用のQRコードを準備していると、ぐう、と大きな音が聞こえた。
なんの音かと思えば、目の前で安村くんがお腹あたりに手を当てている。
顔を見上げると、口をきゅっと結んでいる安村くんが、どこか恥ずかしげな雰囲気を醸し出していた。
「お腹、空いてんの?」
「……っすね」
感情が読みにくくて言葉数の少ない安村くんから出た、あまりに人間らしい音。なぜだか可笑しく思えて、自然と顔が綻んでしまう。
「安村くんでも、お腹鳴るんだ」
少しからかうように言うと、「そりゃ鳴るでしょ」と照れたような感じでぼそっと呟く。
QRコードが表示され、安村くんもスマホを取り出してそれを読み取る。完了の合図を知らせる音よりも大きく、ぐう、と再び響いた。
「やば、めっちゃ腹ペコじゃん」
「……バイト前、バタバタしててなんにも食べれなかったんで」
安村くんはスマホをポケットにしまいながら、足元の方に目線を落として口を尖らせる。
初めて見る表情に、初対面のときよりは少し距離が縮まった気がした。
「家、近いの?」
「こっからだと、ドアドアで一時間ぐらいですかね」
「あ、通いなんだ」
食べることが何より好きな俺からすると、お腹が鳴っている状態で一時間も過ごすのは結構つらい。
それに今日はここ最近で特に冷え込んでいるし、寒さと空腹のダブルパンチは相当キツいのではないだろうか。
手に持ったビニール袋を見下ろす。俺の手にはおいしいご飯があるのに、このまま安村くんを空腹のまま帰らせるのは、なんとなく心苦しい。
「……よかったら、うちんちで食べてく?」
そう声をかけると、安村くんが顔をこちらに向けた。いつもの仏頂面に戻っている。
ーー腹ペコで帰るのかわいそうかなって思ったけど、さすがにキモかったか?
どちらも言葉を発しないまま数秒が過ぎる。誘った手前こちらから撤回もするのも変な気がするし……
どうしたもんかと口を噤んでいると、安村くんが少し目線を宙にさまよわせてから、口を開く。
「じゃ、お言葉に甘えて、お邪魔していっすか」
それから、安村くんが放ったほとんど「おねしゃす」に聞こえる「お願いします」が続けて耳に届いた。
都合のつく日とは言っても、俺の日常はルーティン化されているので、都合がつかない日はほとんどない(悲しいやら情けないやら)。
付き合いで籍を置いているフットサルサークルにたまに顔を出したり、細々と土日だけ出勤し続けているアルバイト先の塾に行ったりするぐらい。それと、たまーにサークルメンバーの少人数で飲みに行くぐらい。
俺の所属するサークルは男ばかりだし、バイト先は子どもばかりだしで、突発的に楽しげな雰囲気の予定が入ることはあまりないのだ。
そんなこんなで、お惣菜授受の三日目となる木曜日を迎えた。
安村くんの帰る時間を見計らって、いつも通り電話でお弁当を注文してから店に行く。
店の前に着くと、すでに安村くんが店の前で待っていた。鼻の頭がほんのり赤くなっている。
「あれ、ごめん。待たせちゃった?」
「全然っす。さっき、店長が早めに出勤してきたんスよ。早く上がっていいって言ってくれて」
「そうだったんだ」
がさ、と音がして、ビニール袋が差し出される。
「お金、払っときました」
「えっなんかごめん」
「全然。現金でもいいし、送金でも大丈夫っす」
「おけ、ちょっと待って」
ビニール袋を受け取り、もたもたとポケットからスマホを取り出して送金用のQRコードを準備していると、ぐう、と大きな音が聞こえた。
なんの音かと思えば、目の前で安村くんがお腹あたりに手を当てている。
顔を見上げると、口をきゅっと結んでいる安村くんが、どこか恥ずかしげな雰囲気を醸し出していた。
「お腹、空いてんの?」
「……っすね」
感情が読みにくくて言葉数の少ない安村くんから出た、あまりに人間らしい音。なぜだか可笑しく思えて、自然と顔が綻んでしまう。
「安村くんでも、お腹鳴るんだ」
少しからかうように言うと、「そりゃ鳴るでしょ」と照れたような感じでぼそっと呟く。
QRコードが表示され、安村くんもスマホを取り出してそれを読み取る。完了の合図を知らせる音よりも大きく、ぐう、と再び響いた。
「やば、めっちゃ腹ペコじゃん」
「……バイト前、バタバタしててなんにも食べれなかったんで」
安村くんはスマホをポケットにしまいながら、足元の方に目線を落として口を尖らせる。
初めて見る表情に、初対面のときよりは少し距離が縮まった気がした。
「家、近いの?」
「こっからだと、ドアドアで一時間ぐらいですかね」
「あ、通いなんだ」
食べることが何より好きな俺からすると、お腹が鳴っている状態で一時間も過ごすのは結構つらい。
それに今日はここ最近で特に冷え込んでいるし、寒さと空腹のダブルパンチは相当キツいのではないだろうか。
手に持ったビニール袋を見下ろす。俺の手にはおいしいご飯があるのに、このまま安村くんを空腹のまま帰らせるのは、なんとなく心苦しい。
「……よかったら、うちんちで食べてく?」
そう声をかけると、安村くんが顔をこちらに向けた。いつもの仏頂面に戻っている。
ーー腹ペコで帰るのかわいそうかなって思ったけど、さすがにキモかったか?
どちらも言葉を発しないまま数秒が過ぎる。誘った手前こちらから撤回もするのも変な気がするし……
どうしたもんかと口を噤んでいると、安村くんが少し目線を宙にさまよわせてから、口を開く。
「じゃ、お言葉に甘えて、お邪魔していっすか」
それから、安村くんが放ったほとんど「おねしゃす」に聞こえる「お願いします」が続けて耳に届いた。

