目を覚ますと、部屋の中はうっすら暗くなっていた。首をのばして窓の外を見やると、オレンジと黒のグラデーションが広がっている。
寒さも痛みもなく、身体はすっかりいつも通り。
ベッド脇に視線を移すと、安村くんがベッドに背中を預けてあぐらをかいていた。腕を組み、首がこくりと前に落ちている。規則的な呼吸音からして、眠っているようだ。
そろりと近づいて、横顔を盗み見る。
伏せられた長いまつげや、すっと通った鼻筋。何度も目にしているはずなのに、角度が変わると新鮮に見え、ついじっと見入ってしまう。
しばらく眺めていると、マスクと耳の間あたり、ほくろがあることに気づいた。
ーーこんなところに、ほくろあったんだ。
髪の生え際ぎりぎりに、ひっそりとある。じっとしている状態で、かつこの至近距離で見ないときっと気づかないだろう。
自分だけが知っている『特別なモノ』のようで嬉しい。
誰に向けるでもない、自分の中だけの優越感に浸る。
見続けるうちに、無意識に安村くんに向かって手を伸ばしていた。
はっと冷静になり、慌てて手を引っ込める。あやうく触れてしまうところだった。
おそるおそる顔を覗き込むと、すうすうと一定のリズムを保ちながら、変わらずに寝息を立てている。
ーーあぶねぇ……気づかれなくてよかった……
ほんのりとオレンジ色に染まっていた部屋の中は、刻一刻と暗闇へ向かっていた。
まつ毛が目の下に落ちていた影が、ぼんやりとしていく。
無防備に眠り続ける安村くんの姿を眺めていると、今後こんな機会はもう訪れないのでは、となんだか惜しく思う気持ちがむくむくと湧いてきた。
触れたい。いや、さすがに寝てる相手にだめだろう。葛藤しながら、手を出したり引っ込めたりを繰り返した。
そうこうしていると、くぐもった声で「なにしてんすか」と安村くんが言った。まさか起きているとは思わず、反射的に俺の身体はびくりと動く。
「そんなにびっくりしなくても」
安村くんは「あっつ」と言ってマスク外し、おしりのポケットに押し込んだ。立ち上がってぐっと上体を伸ばす。
それからリモコンでぱちりと電気を点け、ソファに腰掛けた。
俺の心臓はどくどくと忙しない。皮膚を今にも突き破りそうなぐらいに。
「結構寝ちゃったな。外、暗くなってますね」
俺の様子に気づいているのかいないのか、安村くんはいつもと変わらない様子だ。
「お、起きてたの」
「え? あぁ、まぁ」
「い、いつから?」
「んー……さっき?」
ーーまずい。こそこそしてたの、バレてるのか……?
黙りこくって俯いていると、下から顔を覗きこまれた。
「さっき、なにしようとしてたんですか?」
「えっ」
「なんか、もぞもぞしてませんでした?」
「な、なにも」
「ホントに?」
「う、うん」
応えた声は情けないほど上擦っていて、動揺が滲み出ていた。
「ふーん?」と相槌を打った安村くんは、片側の口角をくいっと上げ、余裕のある笑みを浮かべた。
これまで見たことのない表情に、さらに心臓の鼓動が速くなる。
「俺に、触ろうとしたのかと思いました」
そう言葉をかけられて、俺の脳みそはパンク寸前だった。追い討ちをかけるかのように、安村くんはぐっと俺に顔を近づける。
「待ってたのに」
「え?」
「アサさんに触られたら、確信できたら言おうと思って待ってたのに……ま、いいや」
安村くんの手が、そっと俺の頬に触れた。温かくて、少しだけ乾燥した、大きな手。
「俺、アサさんのこと、好きです」
まっすぐこちらを見据え、射抜くような視線。逃げ出したいのに、全然目が離せない。
「なんか、いつからとかは全然はっきりしないんですけど……いつの間にかどこでメシ食うにもアサさんの顔が浮かぶようになって」
ゆっくり、少しずつ、安村くんは話し続ける。
「今なにしてんのかなとか、今日なに食べたのかなとか、会いたいなとか、思うようになって」
「……」
「あ、これ、完全に好きじゃんって気づいたんです。俺、そもそも男の人にそういう感情を持ったことないから、どうしたらいいのか解んなくて」
優しく頬をさすりながら、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「拒否られるのも怖いし、かと言って諦めたくないし……いろいろ考えちゃったんですけど、やっぱりアサさんにも俺のこと好きなってほしい! って思って。そんなときですよ。クリスマス前になって急に避けられたの」
「……ごめん」
「あれ、マジで凹んだんですよ」
「ホントごめんって……」
「ま、俺がどうしても会いたくなっちゃって、結局、家に来ちゃったんですけどね」
ケーキを口実に、と小さく付け足す。
「でも、その日、アサさんの顔見て思ったんです。あ、これ、俺にもチャンスあるかも? って」
「……なんで」
「だって、アサさん、すっげー嬉しそうだったから」
そこまで言って、わずかに眉尻を下げた。そして、ふっと柔らかく微笑み、俺の頬を優しくつついた。
「顔は嬉しそうなのに態度は冷たくて、かわいかった」
「……あのときは、俺にも事情があって」
「なんすか、事情って」
食堂で女子たちの話を聞いてしまったこと、駅で相合傘をする二人を見てしまったこと。もごつきながらも、顛末を説明した。
「あー、あの日か」
「……だってさ。駅から一緒の傘に入ってるとこ見たら、誤解するだろ?」
「え〜、そうかなぁ。前にアサさんともしたじゃないですか」
「あれは、安村くんが傘ないって言うから」
「俺もそうですよ。駅でたまたま会って、傘がないって言うから」
当然のように、言い切る。
いや、それ、相手が男か女かでだいぶ違うと思うけど!?
「で、でも! そんなことしたら、相手が勘違いしちゃうじゃん!?」
「え? どういうことっすか?」
心底不思議そうに目を丸くし、首を傾げる。
「だから、女の子にそういうことすると、自分に気があるのかなって思っちゃうってこと!」
「え? そうなんすか?」
「安村くんがしたら、そうなるよ!」
なかばヤケクソ気味に発言したものの、ただただ嫉妬心むき出しにしてしまっただけのような気がする。
熱は治ったはずなのに、俺の耳はかっと熱を持ち始める。
「へ〜……」と意味深に呟いて、また二度三度と俺のほっぺたをつつく。
「そっか、そっか」
にんまりと笑いながらなにやら納得したような表情を浮かべ、一人こくこくと頷く。
「そうか〜」
「……なんだよ」
「いや〜、なんていうか……ヤキモチ、的な?」
「うっ……」
まだまだ安村くんの表情は変わらない。すっかり彼のペースにはまってしまっている。
じりじりと送られる視線が、熱い。
「な、なんだよ」
「いや〜、かわいいなと思って」
「は!?」
「まぁまぁそれはいいとして、話を戻して……」
すうっと息を吸い込んでから、声を落として言葉を継ぐ。
「俺はアサさんが、好きです。アサさんは?」
大きな手が、顎から耳の後ろにかけてすっぽりと覆う。
「な、なにが」
「俺のこと、好きですか?」
「え、」
「好き、ですよね?」
「う……」
覆った手が、ふわりと後頭部を撫でた。首筋に触れた指先の熱さに、胸がどくんと跳ねる。
「ちがうなら、ちゃんと否定してください」
「……」
「ちがうんですか?」
「ちが、わ、ない」
「じゃあ、はっきり言って」
ぐっと掴まれているわけではないのに、身動きができない。視線も、逸らすことができない。
「……き、です」
「……なんて?」
「安村くんが、好き、です」
俺の言葉を待っていたように、首の後ろに回された手にそっと力が入ったのを感じた。
安村くんの顔が少しずつ近づき、あと二センチほどで触れる距離になる。
あ、これは……
これから起こりうる事を想像した途端、目の前がくらついて思考がぼうっとする。ふわふわとした気持ちで、そっと身体を委ねた。
そのとき。
ぐううううう。
ここ数年でこんなに鳴った記憶はないぐらい、大きなお腹の音が響き渡った。なんとも空気の読めない、自分の身体と食欲を恨む。
突然のことにぴたりと動きを止めた安村くんはぷっと噴き出し、それから大きな声を上げて笑った。
ひとしきり笑った後、ふう、と息を整えた。
「あー、おもろ。ムードもへったくれもないっすね」
「ご、ごめん……」
「なんで謝るんスか。いいことでしょ、お腹が空くのは」
口角をきゅっと上げ、「やわらけー」とか何とか言いながら俺の頬を両手ではさんだり指で掴んだり、なんだかご機嫌そうな安村くんの姿に思わず俺も笑みがこぼれる。
「なに食べましょうか。なにがいいですか?」
「……なんでもいい?」
「いっすよ。アサさんが食べたいやつで」
「……安村くんが作ったゴハン、食べたい」
「え、俺の?」
「あ、大変だったら、いい。大丈夫」
「いやいや、もちろんいいっすよ。むしろ、俺のでいいんすか?」
「うん。ていうか……安村くんが、作ったやつなら、なんでもいい」
俺の頬を触る手がぴたりと止まり、静止すること数秒。
なんか変なことを言ったかと戸惑っていると、がばっと抱きしめられた。
「え!? なに!?」
「まじすか……うれし……」
「なにが!?」
「俺のゴハン食べたいなんて言ってもらえて……アサさんのために、いっぱい作ります!」
左右に揺れながら、ぎゅうぎゅうに抱きしめられる。若干の苦しさもあるが、それよりも嬉しさで胸がいっぱいだ。
「これからいっぱい作りますから、いっぱい食べてくださいね!」
「わかった」
「ちょーーいっぱい作りますよ? いっぱい食べてくださいね?」
「わかったってば」
「お残しは許しまへんで〜」
「わ、それなんだっけ。懐かしすぎるんだけど」
抱きしめ合ったまま、俺たちはけらけらと笑い声を上げた。
これから、たくさん、楽しい瞬間を過ごしていこう。
これから、いただきますを、何度も重ねていこう。
俺たち、二人で。
=完=
寒さも痛みもなく、身体はすっかりいつも通り。
ベッド脇に視線を移すと、安村くんがベッドに背中を預けてあぐらをかいていた。腕を組み、首がこくりと前に落ちている。規則的な呼吸音からして、眠っているようだ。
そろりと近づいて、横顔を盗み見る。
伏せられた長いまつげや、すっと通った鼻筋。何度も目にしているはずなのに、角度が変わると新鮮に見え、ついじっと見入ってしまう。
しばらく眺めていると、マスクと耳の間あたり、ほくろがあることに気づいた。
ーーこんなところに、ほくろあったんだ。
髪の生え際ぎりぎりに、ひっそりとある。じっとしている状態で、かつこの至近距離で見ないときっと気づかないだろう。
自分だけが知っている『特別なモノ』のようで嬉しい。
誰に向けるでもない、自分の中だけの優越感に浸る。
見続けるうちに、無意識に安村くんに向かって手を伸ばしていた。
はっと冷静になり、慌てて手を引っ込める。あやうく触れてしまうところだった。
おそるおそる顔を覗き込むと、すうすうと一定のリズムを保ちながら、変わらずに寝息を立てている。
ーーあぶねぇ……気づかれなくてよかった……
ほんのりとオレンジ色に染まっていた部屋の中は、刻一刻と暗闇へ向かっていた。
まつ毛が目の下に落ちていた影が、ぼんやりとしていく。
無防備に眠り続ける安村くんの姿を眺めていると、今後こんな機会はもう訪れないのでは、となんだか惜しく思う気持ちがむくむくと湧いてきた。
触れたい。いや、さすがに寝てる相手にだめだろう。葛藤しながら、手を出したり引っ込めたりを繰り返した。
そうこうしていると、くぐもった声で「なにしてんすか」と安村くんが言った。まさか起きているとは思わず、反射的に俺の身体はびくりと動く。
「そんなにびっくりしなくても」
安村くんは「あっつ」と言ってマスク外し、おしりのポケットに押し込んだ。立ち上がってぐっと上体を伸ばす。
それからリモコンでぱちりと電気を点け、ソファに腰掛けた。
俺の心臓はどくどくと忙しない。皮膚を今にも突き破りそうなぐらいに。
「結構寝ちゃったな。外、暗くなってますね」
俺の様子に気づいているのかいないのか、安村くんはいつもと変わらない様子だ。
「お、起きてたの」
「え? あぁ、まぁ」
「い、いつから?」
「んー……さっき?」
ーーまずい。こそこそしてたの、バレてるのか……?
黙りこくって俯いていると、下から顔を覗きこまれた。
「さっき、なにしようとしてたんですか?」
「えっ」
「なんか、もぞもぞしてませんでした?」
「な、なにも」
「ホントに?」
「う、うん」
応えた声は情けないほど上擦っていて、動揺が滲み出ていた。
「ふーん?」と相槌を打った安村くんは、片側の口角をくいっと上げ、余裕のある笑みを浮かべた。
これまで見たことのない表情に、さらに心臓の鼓動が速くなる。
「俺に、触ろうとしたのかと思いました」
そう言葉をかけられて、俺の脳みそはパンク寸前だった。追い討ちをかけるかのように、安村くんはぐっと俺に顔を近づける。
「待ってたのに」
「え?」
「アサさんに触られたら、確信できたら言おうと思って待ってたのに……ま、いいや」
安村くんの手が、そっと俺の頬に触れた。温かくて、少しだけ乾燥した、大きな手。
「俺、アサさんのこと、好きです」
まっすぐこちらを見据え、射抜くような視線。逃げ出したいのに、全然目が離せない。
「なんか、いつからとかは全然はっきりしないんですけど……いつの間にかどこでメシ食うにもアサさんの顔が浮かぶようになって」
ゆっくり、少しずつ、安村くんは話し続ける。
「今なにしてんのかなとか、今日なに食べたのかなとか、会いたいなとか、思うようになって」
「……」
「あ、これ、完全に好きじゃんって気づいたんです。俺、そもそも男の人にそういう感情を持ったことないから、どうしたらいいのか解んなくて」
優しく頬をさすりながら、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「拒否られるのも怖いし、かと言って諦めたくないし……いろいろ考えちゃったんですけど、やっぱりアサさんにも俺のこと好きなってほしい! って思って。そんなときですよ。クリスマス前になって急に避けられたの」
「……ごめん」
「あれ、マジで凹んだんですよ」
「ホントごめんって……」
「ま、俺がどうしても会いたくなっちゃって、結局、家に来ちゃったんですけどね」
ケーキを口実に、と小さく付け足す。
「でも、その日、アサさんの顔見て思ったんです。あ、これ、俺にもチャンスあるかも? って」
「……なんで」
「だって、アサさん、すっげー嬉しそうだったから」
そこまで言って、わずかに眉尻を下げた。そして、ふっと柔らかく微笑み、俺の頬を優しくつついた。
「顔は嬉しそうなのに態度は冷たくて、かわいかった」
「……あのときは、俺にも事情があって」
「なんすか、事情って」
食堂で女子たちの話を聞いてしまったこと、駅で相合傘をする二人を見てしまったこと。もごつきながらも、顛末を説明した。
「あー、あの日か」
「……だってさ。駅から一緒の傘に入ってるとこ見たら、誤解するだろ?」
「え〜、そうかなぁ。前にアサさんともしたじゃないですか」
「あれは、安村くんが傘ないって言うから」
「俺もそうですよ。駅でたまたま会って、傘がないって言うから」
当然のように、言い切る。
いや、それ、相手が男か女かでだいぶ違うと思うけど!?
「で、でも! そんなことしたら、相手が勘違いしちゃうじゃん!?」
「え? どういうことっすか?」
心底不思議そうに目を丸くし、首を傾げる。
「だから、女の子にそういうことすると、自分に気があるのかなって思っちゃうってこと!」
「え? そうなんすか?」
「安村くんがしたら、そうなるよ!」
なかばヤケクソ気味に発言したものの、ただただ嫉妬心むき出しにしてしまっただけのような気がする。
熱は治ったはずなのに、俺の耳はかっと熱を持ち始める。
「へ〜……」と意味深に呟いて、また二度三度と俺のほっぺたをつつく。
「そっか、そっか」
にんまりと笑いながらなにやら納得したような表情を浮かべ、一人こくこくと頷く。
「そうか〜」
「……なんだよ」
「いや〜、なんていうか……ヤキモチ、的な?」
「うっ……」
まだまだ安村くんの表情は変わらない。すっかり彼のペースにはまってしまっている。
じりじりと送られる視線が、熱い。
「な、なんだよ」
「いや〜、かわいいなと思って」
「は!?」
「まぁまぁそれはいいとして、話を戻して……」
すうっと息を吸い込んでから、声を落として言葉を継ぐ。
「俺はアサさんが、好きです。アサさんは?」
大きな手が、顎から耳の後ろにかけてすっぽりと覆う。
「な、なにが」
「俺のこと、好きですか?」
「え、」
「好き、ですよね?」
「う……」
覆った手が、ふわりと後頭部を撫でた。首筋に触れた指先の熱さに、胸がどくんと跳ねる。
「ちがうなら、ちゃんと否定してください」
「……」
「ちがうんですか?」
「ちが、わ、ない」
「じゃあ、はっきり言って」
ぐっと掴まれているわけではないのに、身動きができない。視線も、逸らすことができない。
「……き、です」
「……なんて?」
「安村くんが、好き、です」
俺の言葉を待っていたように、首の後ろに回された手にそっと力が入ったのを感じた。
安村くんの顔が少しずつ近づき、あと二センチほどで触れる距離になる。
あ、これは……
これから起こりうる事を想像した途端、目の前がくらついて思考がぼうっとする。ふわふわとした気持ちで、そっと身体を委ねた。
そのとき。
ぐううううう。
ここ数年でこんなに鳴った記憶はないぐらい、大きなお腹の音が響き渡った。なんとも空気の読めない、自分の身体と食欲を恨む。
突然のことにぴたりと動きを止めた安村くんはぷっと噴き出し、それから大きな声を上げて笑った。
ひとしきり笑った後、ふう、と息を整えた。
「あー、おもろ。ムードもへったくれもないっすね」
「ご、ごめん……」
「なんで謝るんスか。いいことでしょ、お腹が空くのは」
口角をきゅっと上げ、「やわらけー」とか何とか言いながら俺の頬を両手ではさんだり指で掴んだり、なんだかご機嫌そうな安村くんの姿に思わず俺も笑みがこぼれる。
「なに食べましょうか。なにがいいですか?」
「……なんでもいい?」
「いっすよ。アサさんが食べたいやつで」
「……安村くんが作ったゴハン、食べたい」
「え、俺の?」
「あ、大変だったら、いい。大丈夫」
「いやいや、もちろんいいっすよ。むしろ、俺のでいいんすか?」
「うん。ていうか……安村くんが、作ったやつなら、なんでもいい」
俺の頬を触る手がぴたりと止まり、静止すること数秒。
なんか変なことを言ったかと戸惑っていると、がばっと抱きしめられた。
「え!? なに!?」
「まじすか……うれし……」
「なにが!?」
「俺のゴハン食べたいなんて言ってもらえて……アサさんのために、いっぱい作ります!」
左右に揺れながら、ぎゅうぎゅうに抱きしめられる。若干の苦しさもあるが、それよりも嬉しさで胸がいっぱいだ。
「これからいっぱい作りますから、いっぱい食べてくださいね!」
「わかった」
「ちょーーいっぱい作りますよ? いっぱい食べてくださいね?」
「わかったってば」
「お残しは許しまへんで〜」
「わ、それなんだっけ。懐かしすぎるんだけど」
抱きしめ合ったまま、俺たちはけらけらと笑い声を上げた。
これから、たくさん、楽しい瞬間を過ごしていこう。
これから、いただきますを、何度も重ねていこう。
俺たち、二人で。
=完=

