思ってもみなかった安村くんの発言に、頭の中が真っ白になる。
 嬉しいはずなのに、なんて返事すればいいのか、なんて言えばいいのか、浮かばない。

 何も言わない俺の様子を『拒絶』と判断したのか、安村くんは小さく「あ、なんでもないっす」と口にした。
 慌てた様子で、言葉を続ける。
 
「すいません。体調悪いのに、長居されると困りますよね」
「あ、いや」
「なんか心配で、もうちょっといようかなって思ったんですけど……やっぱ帰ります」

 そう聞こえた瞬間、考える前に身体が動き、立ち上がって安村くんの手首を掴んでいた。

「ち、ちがうから」
「え?」
「もうちょっと、いてくれたらって、思ってて」

 なんとかひねり出した言葉はあまりにストレートで、恥ずかしさのあまりどんどん身体が熱くなっていく。
 
「あの……」と遠慮がちにささやかれた声でハッと我に返り、掴んでいた手を解いた。

「あ、ごめん。あの、えっと、移しちゃうから、迷惑かなって思ったんだけど、なんていうか」

 あわあわと忙しなく話す俺を、安村くんはじっと見据えたままでいる。まるで自分の気持ちを見透かされているようで、焦る気持ちは大きくなる一方だ。
 まっすぐとした射抜くような視線に耐えきれず、視線をそらして俯いた。

 継ぐ言葉が見つけられずそのままの体勢でいると、頭上から「全然迷惑じゃないっすよ」と柔らかな声が降ってきた。
 見上げた先には、優しい眼差しがあった。

「そしたら、もうちょっといますね」
「うん……」
「とりあえず、ベッドに戻りましょ。ほら」

 促され、ベッドに入る。安村くんは上着を脱ぎ、ベッドのそばで足を組んで座った。

「とんとんしましょうか?」
「……いい」
「子守り唄は?」
「……いらない」
「うーん、じゃあ絵本でも読みます?」
「……いい。ってか、そもそも絵本ねーよ」

 いつも通りの口調で、冗談を言い続ける安村くんが可笑しい。悪態をつきながらも、可笑しさと嬉しさで思わず顔が緩んでしまう。
 緩んだ表情を見られたくなくて、布団を目の下までぐいっと持ち上げた。

「あ、そうだ」
 そう言って、安村くんは床に置かれたビニール袋から冷えピタを取り出した。

「これ、忘れてました」
 
 手早く透明フィルムをはがし、俺のおでこに恭しく貼る。
 ひんやりとした感触が気持ちよく、思わず目を細めた。

「いい感じっすか?」
「うん、気持ちいい……」
「よかった」

 大きな手のひらが、冷えピタの上にそっと優しく載せられた。
 程よい重みと、おでこの冷ややかな心地よさ。それらを感じているうちに、急速に身体の緊張がほぐれていく。
 気づけば、俺は落ちるように眠っていた。