広くないワンルームで、簡易的なつくりのキッチンはローテーブルをはさんでベッドからそこまで距離はない。
 ぼんやり眺めていると、いつの間にか出汁のような香ばしい匂いが漂ってきた。その次は卵のやわらかな匂いが鼻腔をくすぐる。
 忘れかけていた空腹が思い起こされ、ぐううと大きくお腹が鳴った。
 
 ローテーブルに運ばれてきた小さな片手鍋(最近では袋ラーメンの料理専用と化していた)からは湯気が上がり、ほんのり黄色みを帯びた雑炊が見える。

「うまそ……」と思わず言葉がこぼれた。

 ベッドから床へ腰を下ろしてローテーブルの前に座ると、安村くんも向かいに腰を下ろす。

「パックご飯とめんつゆだけなんで、あんまおいしくないかもですけど」と小さな声で言いながら、お椀に取り分けて俺の前に置いてくれた。

「どうぞ」
「色々ありがとう……料理までしてくれて」
「いやぁ……料理ってほどじゃないっすよ」
「どこが。完全に料理じゃん」
「こんなの料理のうちに入んないですって」
「そうかなぁ……俺からしたら、立派すぎる料理だけど」
「……いいから、とりあえず食べてください。あったかいうちに」

 有無を言わせない言葉に大人しく従い、手を合わせ「いただきます」と呟く。
 レンゲですくってふうふうと息を吹きかけてから、口に入れた。

 ほんのりと優しい卵の風味が口いっぱいに広がり、咀嚼するごとに出汁の旨みが感じられる。とてもめんつゆだけで仕上げたとは思えない。

 飲み込むと、食道から胃に至るまでの軌道が温められ、身体全体にぬくもりが行き渡っていくような感覚があった。
 胃に届いた栄養素を、身体全体が喜んでいることがはっきりと解る。
 
「うめぇ……染みる……」
 無意識に、そんな言葉が口をついて出た。

「そんな大袈裟な」
「いや、マジ。マジで生き返った」
「それ言うなら、ポカリ飲んだときじゃないっすか?」
「いやいや、これの方が身体に染みる」
「そんなわけないでしょ」
 安村くんはそう言いながら、満更でもない様子で顔をほころばせた。

 ふわふわと立つ湯気の向こうに、やわらかく微笑む安村くんが見える。
 俺のために駆けつけてくれて、俺のために料理してくれた。その事実が、たまらなく嬉しい。

 ゆるむ口元をごまかしたくて、どんどんと雑炊を口へ運んだ。