ぶぶ、とスマホが振動した。
画面にはメッセージ受信の通知が表示されていたが、その内容よりも画面上部の時刻に目を瞠った。
いつも安村くんが乗って帰る電車の時間が迫っているではないか。
のんびりした様子でケーキ箱をテーブルに置いた安村くんに、慌てて声をかける。
「安村くん、時間やばいんじゃない」
「あれ、もうそんな時間です?」
焦っている俺と対照的に、安村くんは落ち着いている。スマホをポケットから取り出し、待ち受け画面を確認して「あー、まじか」と独りごちた。
「じゃ、そろそろ帰ります。ケーキ、よかったらゆっくり食べてください」
「……わざわざありがとね」
「いやいや。俺が勝手にやったことなんで」
立ち上がって掛けてあったダウンをさっと羽織り、お邪魔しました、と律儀にぺこりと頭を下げて玄関に向かう。俺もそれに続いた。
靴に足を入れる安村くんの背中に、声をかける。
「ほんと、わざわざありがと」
「いいですって。むしろ勝手に来て申し訳なかったっす」
「ううん、ありがとう。おいしく頂くよ」
指先でかかと滑り込ませながら「一緒に食いたかったっすけどね」と小さくこぼした言葉が耳に届き、反射的に「え、」と口をついて出た。
俺の反応をネガティブなものとして捉えたのか、顔はドアに向けたままで、「あー……いや、なんでもないっす」と乱雑な動きで後頭部を撫でる。
ーー正直言うと、俺も一緒に食べたいけど……今日は時間がないし……
「明日、もし夕方予定なかったら……うち来る?」
「えっ」
勢いよく振り返ったかと思えば、目が爛々と輝いている。
「……安村くんの家から遠いし、無理にとは言わな」
「来ます、絶対来ます」
「……塾のバイトあるから、五時ぐらいにな」
「大丈夫です。来ます」
言い終わるよりも前に返事され、あまりの前のめり具合に思わず吹き出してしまう。
「ちょ、どんだけだよ」
「すいません、つい。嬉しすぎて」
ーー嬉しすぎて。その言葉が、俺にとっては嬉しい。
照れ隠しに、返事がぶっきらぼうになってしまう。
「何回も来てるじゃん」
「休みの日に呼んでもらえるとは思ってなくて」
「まぁ、そうだけど」
一応連絡先聞いといていいですか、と安村くんがスマホを取り出した。
ちらりと見えた待ち受けの時刻表示に再び驚く。そうだ、電車の時間が迫ってるんだった。
逆算すると、ここからホームまでダッシュし続けないと間に合わない。
「時間やばいじゃん。連絡なしで適当に来てくれればいいから、五時すぎには多分いるし」
「俺、走るの速いんで大丈夫です」
だから、とスマホずいと出して催促される。勢いに押されてポケットから取り出そうとしたところで、テーブルに置いたままなことを思い出した。
「あ、リビングだ」
「えー! もう、じゃあここに電話番号入れてください」
そう言って手早く通話画面のキーパッドを表示させてこちらに向けてくる。
電話番号を打ち込んでスマホを返すと、程なくしてテーブル上でスマホが震える音が遠くから聞こえてきた。
「なんかあったら、電話しますね」
「わかったわかった。それより早く行かないと」
足速いんで大丈夫ですって、と言いながらドアを開ける。外ろう下へ踏み出し、お邪魔しました、と再び律儀に会釈する。
「いーからいーから」
しっしと虫を追い払うような仕草で送り出す。
「アサさんも、なんかあったら電話してくださいね」
「わかった」
「俺もなんかあったら電話するんで」
「わーかったから! 間に合わなくなるよ!?」
「言い方、こわ」
そう言いながらも、言葉とは裏腹に柔らかく目尻を下げる。そんな些細な仕草に、たまらなく胸が締め付けられた。
エレベータ待つ間には、こちらを見ながら眉根にシワを刻み、スマホを指指して「で、ん、わ」「と、う、ろ、く」と口パクで訴えかけてくるのが可笑しかった。
リビングに戻り、ローテーブルの上に置かれたままのケーキ箱を見つめる。明日もここに安村くんが来ると思うと心が躍った。
それと同時に、嬉しいのに冷たい物言いと振る舞いをしてしまう自分にほとほと嫌気がさす。
ガキじゃないんだから、もっと素直に喜べばいいのに……
そっとケーキ箱を持ち上げ、ついでに未開封のアルコール瓶と一緒に冷蔵庫に仕舞った。
ローテーブルの横にごろりと寝そべり、静かになった部屋で考えをさまよわせる。
ーー俺と同じ種類の気持ちではないにしろ、安村くんも俺を好意的に思ってくれてるんじゃないか?
自惚れすぎるのはよくないとは思いつつ、今日起きた出来事を思い返しては、ふわふわと気持ちが浮き立つのを抑えられなかった。
画面にはメッセージ受信の通知が表示されていたが、その内容よりも画面上部の時刻に目を瞠った。
いつも安村くんが乗って帰る電車の時間が迫っているではないか。
のんびりした様子でケーキ箱をテーブルに置いた安村くんに、慌てて声をかける。
「安村くん、時間やばいんじゃない」
「あれ、もうそんな時間です?」
焦っている俺と対照的に、安村くんは落ち着いている。スマホをポケットから取り出し、待ち受け画面を確認して「あー、まじか」と独りごちた。
「じゃ、そろそろ帰ります。ケーキ、よかったらゆっくり食べてください」
「……わざわざありがとね」
「いやいや。俺が勝手にやったことなんで」
立ち上がって掛けてあったダウンをさっと羽織り、お邪魔しました、と律儀にぺこりと頭を下げて玄関に向かう。俺もそれに続いた。
靴に足を入れる安村くんの背中に、声をかける。
「ほんと、わざわざありがと」
「いいですって。むしろ勝手に来て申し訳なかったっす」
「ううん、ありがとう。おいしく頂くよ」
指先でかかと滑り込ませながら「一緒に食いたかったっすけどね」と小さくこぼした言葉が耳に届き、反射的に「え、」と口をついて出た。
俺の反応をネガティブなものとして捉えたのか、顔はドアに向けたままで、「あー……いや、なんでもないっす」と乱雑な動きで後頭部を撫でる。
ーー正直言うと、俺も一緒に食べたいけど……今日は時間がないし……
「明日、もし夕方予定なかったら……うち来る?」
「えっ」
勢いよく振り返ったかと思えば、目が爛々と輝いている。
「……安村くんの家から遠いし、無理にとは言わな」
「来ます、絶対来ます」
「……塾のバイトあるから、五時ぐらいにな」
「大丈夫です。来ます」
言い終わるよりも前に返事され、あまりの前のめり具合に思わず吹き出してしまう。
「ちょ、どんだけだよ」
「すいません、つい。嬉しすぎて」
ーー嬉しすぎて。その言葉が、俺にとっては嬉しい。
照れ隠しに、返事がぶっきらぼうになってしまう。
「何回も来てるじゃん」
「休みの日に呼んでもらえるとは思ってなくて」
「まぁ、そうだけど」
一応連絡先聞いといていいですか、と安村くんがスマホを取り出した。
ちらりと見えた待ち受けの時刻表示に再び驚く。そうだ、電車の時間が迫ってるんだった。
逆算すると、ここからホームまでダッシュし続けないと間に合わない。
「時間やばいじゃん。連絡なしで適当に来てくれればいいから、五時すぎには多分いるし」
「俺、走るの速いんで大丈夫です」
だから、とスマホずいと出して催促される。勢いに押されてポケットから取り出そうとしたところで、テーブルに置いたままなことを思い出した。
「あ、リビングだ」
「えー! もう、じゃあここに電話番号入れてください」
そう言って手早く通話画面のキーパッドを表示させてこちらに向けてくる。
電話番号を打ち込んでスマホを返すと、程なくしてテーブル上でスマホが震える音が遠くから聞こえてきた。
「なんかあったら、電話しますね」
「わかったわかった。それより早く行かないと」
足速いんで大丈夫ですって、と言いながらドアを開ける。外ろう下へ踏み出し、お邪魔しました、と再び律儀に会釈する。
「いーからいーから」
しっしと虫を追い払うような仕草で送り出す。
「アサさんも、なんかあったら電話してくださいね」
「わかった」
「俺もなんかあったら電話するんで」
「わーかったから! 間に合わなくなるよ!?」
「言い方、こわ」
そう言いながらも、言葉とは裏腹に柔らかく目尻を下げる。そんな些細な仕草に、たまらなく胸が締め付けられた。
エレベータ待つ間には、こちらを見ながら眉根にシワを刻み、スマホを指指して「で、ん、わ」「と、う、ろ、く」と口パクで訴えかけてくるのが可笑しかった。
リビングに戻り、ローテーブルの上に置かれたままのケーキ箱を見つめる。明日もここに安村くんが来ると思うと心が躍った。
それと同時に、嬉しいのに冷たい物言いと振る舞いをしてしまう自分にほとほと嫌気がさす。
ガキじゃないんだから、もっと素直に喜べばいいのに……
そっとケーキ箱を持ち上げ、ついでに未開封のアルコール瓶と一緒に冷蔵庫に仕舞った。
ローテーブルの横にごろりと寝そべり、静かになった部屋で考えをさまよわせる。
ーー俺と同じ種類の気持ちではないにしろ、安村くんも俺を好意的に思ってくれてるんじゃないか?
自惚れすぎるのはよくないとは思いつつ、今日起きた出来事を思い返しては、ふわふわと気持ちが浮き立つのを抑えられなかった。

