食堂で聞いてしまった話によると、クリスマス当日の金曜日は安村くんはヤマダ亭にいないはずだ。
 なるべく顔を合わせないよう、今週の火曜日と木曜日は店に行くのを避け、水曜日と金曜日はお弁当を買いに行くことに決めた。

 クリスマスを二日後に控えた水曜日、店に向かうとカウンターには山田さんがいた。

「アサちゃん、なんだか久しぶりねぇ」
「そっすね」
「久々に顔が見れて嬉しいわぁ」
「俺もっす。お元気そうで」
「それはそれは、もう。とってもお元気よ」
 おどけた調子でそう言って、ボディビルダーのようなポーズをいくつかとる。

「みたいっすね」
 山田さんの明るさと親しげな言葉に、心がほぐれた。

「元気すぎて、旦那はむしろ呆れてるけどね」 
 手早く容器をビニール袋に入れながら、そうそう、と続ける。

「安村くんと仲良くなったんだって?」
「え?」

 名前を急に出され、心臓をぎゅうっと握られたような心地になった。

「旦那がね、教えてくれて」
 安村くんから聞いたわけじゃないんだけど、と言いつつテキパキとレジを打つ。
 数秒して決済端末の液晶が明るくなったので、スマホをかざした。

「バイト上がりに、二人でお店の前でよく話してるって言っててね」
「あ、あぁ。俺の店に来る時間と安村くんの上がり時間がたまに合うから、そのときかな」
「安村くんって寡黙であんまり懐かないタイプかと思ってたんだけど。アサちゃんと仲良くなってるって聞いて、ちょっと安心しちゃった」

 山田さんの善意百パーセントの言葉を無視するわけにもいかず、はは、と乾いた笑いが出る。

 これからはもう仲良くはできそうにないが、ここでわざわざ言うことでもないだろう。

「それに、ちょっと前に彼女できたみたいだし」
「……へぇ」
「やるわね、あの子」

 すでに知っていることではあるが、こうも度々実際に見聞きするとじわじわと心が削られていく。

 当然山田さんは俺の気持ちを知らないので、不自然に話を遮ることもできず適当な相槌を打つ。

「そうなんですね」
「旦那いわく、かわいらしい感じの子が最近よく一人で来てるらしいの。このお店って、そういうお客さん珍しいじゃない?」
「あ〜、確かに」
「旦那が『あいつ、女ができたな』って言ってた後に、来店するようになったらしいから……きっと、最近付き合い始めたのね」
 あごに手を当ててわざとらしく眉間に皺を寄せているが、口元はほんのり笑っている。

「これまでずっとシフト通りだったのに、珍しく明後日は休ませてほしいって言われたからまさかとは思ってたけど。いいわねぇ、青春って感じで」
「……ですねぇ」

 とどまるところを知らない山田さんの追撃に、メンタルはボロボロだった。

 俺のローテンションを空腹からと勘違いしたのか、山田さんは慌てた様子で袋を差し出した。

「あ、ベラベラ話しすぎちゃったわね。腹ペコなのにごめんねぇ」
「あざっす」
「こちらこそ、毎度どうも」

 店を出ると、びゅうと冷たい風が吹きつけた。コートの前をかき合わせ、家への道を歩き出す。