家に帰り、一人食事の準備を進める。毎日ではないにしても週四日のペースで一緒に食事をしていたせいか、なんとなく寂しく感じてしまう。

 テーブルの向こうに誰もいないことにこんな感傷的な気持ちになるなんて。
 安村くんがうちに来る前までは、なんにも思わなかったのに。

 奥側に置いたお惣菜に手を伸ばそうとして、はたと動きが止まった。

 安村くんの交わした会話が、ふっと頭に浮かんだ。


「アサさん、詰めすぎっすよ。そんな焦んなくても、誰も取らないって」
 口元に大きな手を当てて、目尻を下げる。

「これでもかってぐらい口に入れて、一気にもぐもぐ食うとうまいんだよ」
「なんスか、その理論」
「安村くんもやってみ?」
「やんないっすよ」

 やるわけないでしょ、と放った言葉とは裏腹に、柔らかい声のトーンで満更でもない様子とわかる。テーブルまわりが和やかな雰囲気に包まれた。

 ほくほくとした気持ちで安村くんの近くにあるモツ煮に手を伸ばすと、ぱっと手首を掴まれた。

 俺の手首をぐるりと一周させても余りある、大きな手のひら。じんわりと体温が伝わってくる。

「えっ!?」
 突然の出来事に、反射的に俺の身体は腕を引っ込めようと動く。ところが、がっちりと掴まれた手首はびくともしない。

「なんだよ」
「そ、で」
 つきそうでしたよ、と手を離すと、優しい手つきでパーカーの袖口を少し捲り上げた。

「一応、逆も。出してください」
 照れ臭さもあり動かないでいると、「ほら、早く」と催促される。渋々応じると、安村くんは恭しく袖口を捲った。

「はい、どうぞ」
「……ありがとう」
「どーいたしまして」

 口角をほんのわずかに上げてそう言うと、何事もなかったかのように食事に戻る。ふいに掴まれた手首には、まだ温度が残っていた。

 平静を装っていたものの、俺の心臓は忙しなく脈をうち、耳元でどくどくと鳴る鼓動がうるさくて仕方なかった。


 そんな安村くんとのやりとりが一瞬で蘇り、胸がどんと重くなる。

 これから食事をするときには、安村くんとのこうした会話をいちいち思い出してしまうのだろうか。
 何気なく過ごしていた時間をこんな風に思い返してしまうなんて、二人で向かい合っていたのが遠い昔のことのように感じる。

 どんよりとした気分で、伸ばしていた手を引っ込める。自分で袖口を雑に捲ってから、再びお惣菜に手を伸ばした。